長編用

□04
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しとしとと、雨が降り続ける。
雨は嫌いだ。
それに毎日毎日…こう降り続けられては気分も滅入る。

「こういう日は、音楽室って素敵ですね」

呟いた言葉に、先生は微笑みを浮かべた。
二人で会う回数は増えた。
生徒会の仕事がなくても、暇があればこうして人目を盗んでは学校の中で会うようになった。
二人きりで会うときは、ドアに鍵をかけるようになった。
全部あの日…先生の言っている事が本当の事だと分かったあの日から、変わったこと。
だけど一番変わったのは、先生が自然に笑うようになったことだろう。
怯えた瞳を見せる事は、格段に少なくなった。

「どうしてそう思う?」
「だって、雨の音が聞こえないもの」

そう答えると、先生は少し悲しそうな、寂しそうな…困ったような顔をした。
いつもなら、前世の事が関係しているのだと思って聞きたくなるのだが、今日は不思議とそうは思わなかった。
むしろ、聞きたくない。

「先生、これが分からない」

開いていたテキストを指差す。
並べていた椅子を更に寄せて距離を詰めれば、今度は少し嬉しそうな困り顔をした。

「これは―――」

先生の顔をぼーっと眺める。
私の事が好きで好きで堪らない、可愛い先生。
綺麗な横顔に、テキストに這わせる指も美しくて、でも一番いいのは声だ。
優しく包み込むような低い声。
この人の全てが私を愛するためにあるのだと思うと、それだけで堪らなくなる。

「恵子、聞いているのか?」
「うん」

問題の答えをすらすらと話す。
でもごめんね、本当は最初から分かっていたの。
先生の声が聞きたかったから質問しただけ。
テキストに置かれたままの先生の手に、自分の手を重ねる。
指を絡めれば、先生の指もそれに応えてくれた。

「ありがとうございます。すごく分かりやすかった」
「そ、そうか」

真っ赤な顔をそらすけれど、耳と首が真っ赤だからバレバレ。

「太郎さん、こっち見て?」
「いや、その…だな」
「ねえ、お願い」

二の腕に手を這わせると、びくりとした。
それからゆっくりと彼はこちらを見た。
少し赤みの引いた頬。

「太郎さん」

じっと見つめれば、彼はゆっくりとキスをくれた。
何度も角度を変えて唇を重ねる。
たまに先生の唇が私の唇を引っ張るのが好き。
先生の事だけ考えられるこの時間が好き。

「恵子」

先生の手が私の頬を撫でて、額にチュッと音を立ててキスをされた。
抱き締められて、私も彼の背に腕を回す。
先生の心臓の音がよく聞こえる。
少し早足なそれに笑みが溢れる。
いつの間にか、こうして抱き締められるのが心地よくなってしまった。

唇を重ねる事はもう数えられないほどした。
でも愛を囁かれたのは2回から増えない。
先生は愛しそうに私の名を呼んで、私もそれなりに愛を込めて先生の名を呼ぶけれど、私達には教師と生徒という関係以外の名前がない。
でも先生は私から離れないだろうという安心があった。
この人は私なしでは生きていけない。
私は必要とされている。
愛されている。
そうしっかりと感じているから。

先生の手が私の背を撫でる。
まるで幼い子供をあやすかのように。
雨は嫌い。
でも、先生と過ごす雨の日は嫌いじゃない。
音楽室から眺める雨の景色も見慣れてきた。
だけどきっと、こうしてこの音楽室で先生と過ごす梅雨はこれで終わり。
来年の梅雨は私はもうここにはいない。
まだ卒業まで時間は山ほどあるのに、何故こんな気持ちになるのだろう。
全部…きっと全部雨のせい。

「先生、お願い」
「なんだ?」
「ピアノが聞きたい。先生のピアノ…幸せな曲が」

先生は一瞬、眉間にしわを寄せた。
ああ、また頭が痛くなる。
何も思い出したくない。
幸せなこの時間で塗り替えてほしい。
先生は優しくキスを落としてから、ピアノを弾いてくれた。
私の好きな曲…
いつも滑るように動く先生の指が、少しぎこちないように思えたけれど、私はそれを見ないふりした。





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