長編用

□03
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前世で恋人だったらしい男と、私は生徒会の仕事をしている。
季節の移り変わりは早いもので、あんなに寒かった冬も終わりを告げ、梅の花が咲き始めていた。
もうすぐ三年生が卒業する。

生徒会役員となった私は、今日も卒業式の準備に追われていた。
あの跡部景吾の卒業式だ。
普通の卒業式になるわけがなかった。

「榊先生」

まぁ私にはそんなことはどうでも良くて。
名字を呼ぶだけで頬を染めるこの男を見ている方が余程楽しかった。

「ここ、間違っていませんか?」
「あ、ああ…そうだな、すまない」

資料を持って身を寄せれば、それだけで慌てる。
よく今まで生きてこれたな、と思った。
けれど少し考えれば分かることだった。
彼のこのような初な反応は、私にだけだった。

「暖かくなってきましたね」
「そうだな…」

先生は何か思い出しているようだった。
窓の外を見つめる横顔は相変わらず整っていて美しい。
机の上に置かれていた先生の手に、自分の指を絡めてみる。

「あっ…」
「ねえ先生」
「恵子、誰か来たりでもしたらっ」
「昔話が聞きたい」

私がそう言うと、先生は決まって悲しそうに目を細める。
それから、ゆっくりと昔の事を話してくれた。
遠い昔の事を。

「…よく二人で、梅の花を見た」

先生の話だと、私は前世でお嬢様だったらしい。
そして先生の父は私の家の使用人。
幼い頃から共に育った私と先生は、本当に仲が良かった。
先生も使用人として私に仕えるようになったらしいのだが、その頃には二人とも恋心を自覚していた。

「君は寒がりだったから、梅を見に行くときは決まってこうして指を絡めていた」

先生は話の中で、彼女、という単語を使わない。
必ず私の事を君、と呼ぶ。
私の中では昔話でしかないのだけれど、先生の中ではそうではない。
前世の恋人と私は、先生の中では完全に同一人物なのだ。

「先生」
「なんだ?」
「どうして、先生と私はこんなに歳の差ができたのだと思う?」

前世では同い年だったらしい。
なのに今はこんなに歳の差がある。
神様は意地悪だと思う?

「私達が結ばれるべきじゃないから、こんなに歳の差があるの?」

先生は泣きそうな顔だった。
酷いことを言っている自覚はある。
けれど聞かなかったら、先生は何も教えてくれない。
愛を囁かれたのも、入学式の日だけ。

「私は…君を置いて」

正直な話、先生の解答は全く予想外だった。
本当に酷いことを言ったのだと、答えを聞いてから知った。

「先に死んだから…」
「…どういうこと?」
「…君の家は本当にお金持ちだったから、君はそれに釣り合う家の息子と結婚するべきだった。当時、身分違いの恋は一般的にも認められなかったし、君のお父様は…君と私が恋仲であると知って、君を無理矢理他の男と結婚させようとした」

いつもまるで物語を聞いているようだった。
だってそんな、前世で恋人だったとか、その記憶があるとか、漫画の中の話みたい。
でも今日は違った。

「君は私に泣きついたのだけれど、お父様はそれが余計に気に食わなかった。金で人を雇って…私を殺したんだ」

頭はその物語を拒否しているようだった。
もう聞きたくなかった。
気付けば涙が流れていて…ああ、なんだ、簡単な事だと、そう思った。
先生も頭がおかしくて、私も頭がおかしいのだと思っていたけれど、そうじゃなかった。

この話が本当の事だから。
だから私は思い出したくなくて、拒絶しているんだ。
だって愛しい人を父親に殺されたなんて、思い出したい訳がない。

「生まれ変わりの原理は分からないから何とも言えないが…きっと、私が先に死んだから、歳の差があるのだと思うのだが…」

ぎゅっと、握っていた手に力を込める。
先生の手が、私の手の中でびくりと動く。
それから繋いでいない方の手が、私の頬を撫でた。

「恵子…」

涙を拭う優しい手。
嗚呼、そうか…
先生の手を美しいと思っていつも見ていたのは…こうやって涙を拭ってくれる手だと、知っていたからか。

「太郎さん…」

初めて、名前を呼んだ。
先生は頭がおかしい。
先生のくせに生徒である私に名を呼ばれ歓喜する。
私は頭がおかしい。
先生の名を呼んだだけで、心臓がばくばくと脈打つ。

「愛してる」

先生からの愛の告白はこれで2度目。
それから唇を重ねるのも2度目。
いや…私から唇を重ねたのは、初めてだった。

学校の会議室で、夢中でキスするなんて…
私も先生も異常だ、なんて事を頭の隅でぼんやりと考えていた。





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