長編用

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氷帝学園に入学して、2度目の秋が訪れようとしていた。
一年の時も二年の時も、私は榊太郎先生が音楽を受け持つクラスにならず、彼とは全く接触せずに過ごしてきた。
きっとこのまま何もなく過ごしていくのだろうと…そう思っていた。
けれど、神様はそう甘くはないらしい。
私と先生の関係は、突然加速する。





次期生徒会長の選挙が済み、生徒会室へと続く廊下を歩く。
一年の時から校内活動委員をしてきた私は当然今回の選挙も仕事に駆り出された。
もう三年生は生徒会を引退する。
跡部景吾は結局一年の時から三年の今まで生徒会長を務めあげ、氷帝に新しい校風を作り上げた。
弱肉強食、なんて言葉がピッタリだと思うのだ。
嫌いではないけれど。
でもそれももう終わり。
多分次の生徒会長は穏やかなイケメンだ。
まだ開票作業をしてないから分からないけど…ほぼ確定だろう。
弱肉強食から何に変わるかは知らないが、私の穏やかな学園生活が変わらずに続けられるならそれでいい。

「恵子ちゃん」

親しい友人の声に呼ばれ、当たり前のように振り返った。
そして即座に振り返った事を後悔する。

「榊監督が君に用があるって」

鳳長太郎はさわやかにそう言った。
その後ろには榊先生。
嫌な予感しかしない。
そもそも、今まで榊先生を避けてきたわけじゃない。
でも関わる要素が全くなかった。
彼だってあんなことをしてしまった以上、私と関わりたくない…筈だ。
そうだ、今でも忘れない。
入学式の日の、あの出来事。

「そこの会議室へ行こう」

榊先生がそう言って歩き出す。
長太郎くんもそれに続くものだから、私も仕方なくそれに続いた。
話の内容は予想できてる。
次期生徒会役員の選出だ。



案の定、生徒会役員の話だった。
生徒会長は選挙だけれど、他の役員は先生達が選出する。
それに引っ掛かってしまったらしい。
そして生徒会の顧問を務めるのは、前と変わらず榊先生。

「秋月なら出来るだろうとの判断だ。何か不満があるのか?」

生徒会役員になることをさっさと了承した長太郎くんは部活へ行ってしまった。
会議室に残されたのは榊先生と私の二人だけ。

「不満…じゃないです」
「では何を迷う?」

真剣な目が、じっと私を見つめてくる。
なんだか頭がおかしくなりそう。

「だって」

だって、先生は私のファーストキスを奪ったんだ。

「…先生は、それでいいの?」
「それは…」

先生はとても苦しそうな顔をして目を反らした。
生徒会役員と顧問になってしまったら、どうやったって関わらずにはいられない。

「先生…私、この一年半の間何も考えていなかった訳ではないんです」

正直考えたくなかったし、忘れてしまいたかったけれど。
ぐっと拳を握る。
怖がるべきは私じゃない。
先生の方だ。

「先生の授業は受けたことがありませんが、先生の評判を耳にすることは多々ありました。日頃の様子からするに、先生のあの行動とはどう考えても結び付きません」
「…そうか」
「それに、先生は私の名前を知っていましたよね」
「ああ…知っている、昔から」

昔から、というのがいつからなのか私には見当もつかない。
幼い頃…私の記憶にない頃の事なのか。
でもそれが、キスをする理由になるのだろうか。

「どうして、あんなことをしたんです?」

先生は額に手を当て、苦しげな溜め息をついた。
大人の男の色気溢れるそれに、ちょっとだけどきりとした。

「こんなこと、信じてはもらえないだろう…」

先生の、手に視線が釘付けになる。
指が長くて、美しい手。

「私には前世の記憶がある」

私、あの日からおかしいの。
それまで同年代や少し年上の男の人…それこそ身近にいる人やテレビに出てくる人だって、ちゃんと興味があった。
それなのに、それなのに。

「そして前世で、私と君は」

あの日から、何もときめかなくなってしまった。
跡部先輩に歓声を上げる友達の気持ちが全く分からない。
だって私が見ていたのは、いつだって…

「恋人だった」

先生の姿を探してしまう。
先生の美しい指先に惚れ惚れする。
先生の弾くピアノが聞きたい。
先生のあの苦しそうな顔をもう一度見たい。
先生の髪に触りたい。
先生の指に触れられたい。
先生にもう一度抱き締められたい。
先生に息ができなくなるほど抱き締められたい。
先生に、もう一度、キスしてほしい。

「…分かりました」
「恵子っ」

先生にしか、ドキドキしないの。

「生徒会役員をさせていただきます」

私の頭はおかしい。
先生は、真っ青な顔で、私を見た。





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