365の御題 No.1〜40

□泣いて泣いて泣いて
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泣いて 泣いて 泣いて




「ねぇ、何で雨が降るか
知ってる?」



ふ、と彼女は
こちらを見ずに言った。


「さぁ…」



雨降りの窓の外を見つめる
彼女の背中を
ぼんやり見ながら
少し投げやりに答えた。


「きっと、さ、
泣きたい時
なんだと思うんだ」


「誰がですか?」


ゆっくりと振り向いて
僕を見る


「曽良君が。」

「僕、ですか?」


「うん」



彼女は
また窓の方を向くと
今度は窓を開けて
手を外に伸ばした。

黒い着物の袖が
濡れていく


「風邪をひきますよ」

「大丈夫。」



それだけ言って
相変わらず雨に当たる


ため息混じりに
椅子から腰を上げて


いつもより小さく見える
彼女の背中を抱きしめる



「それは、
あなたの事でしょう」


今にも泣きそうなのは、
あなたの方だ


「そうかもね…
でも、雨は、
誰かの変わりに
泣いてくれるんだと思う」

「泣いて、いいんですよ」


「…ううん、泣かないよ
芭蕉さんとの約束
守りたいから……」





『もし、
私が居なくなっても
泣いたりしないで、笑って送り出して欲しいんだ』



布団の上で、
そう弱々しく笑う顔が
ふ、と過ぎった。




「そうですか」


抱きしめたまま
僕の手で窓を閉めて、
濡れた手を握る



「…あったかいね」


「生きてますから…」


そういうと、
握った手を強く握り返し
くっ、と唇を噛み俯く。




「無理だよ……
そんな約束…
芭蕉、さん……!」



ぽたぽたと下に零れる雫



芭蕉さんが息を止めた時も芭蕉さんの
葬儀の準備をしていた時も
気丈に、明るく
振る舞っていた彼女。


その反動で、
涙がとまらなくなったのだ




ぐ、と胸に
彼女を抱きしめて

今、感じる温もりも
共に抱きしめる。




「僕の前だけなら、
泣いてもいいんですよ。」

「うん…もう、少し……
このまま…」

「……はい」







失った物は 大きくて、
前を向くのは 容易でない
決して 埋まる事のない
決して 癒える事のない

その穴を その傷を

塞いでくれるあなたが
共に居てくれるなら

きっと まだ生きて行ける

この雨が僕の涙を拭うから
僕があなたの涙を拭おう


だから、今は
泣いて 泣いて 泣いて…







泣いて 泣いて 泣いて

END

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