BOOK_SB
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06・声の高い男と、声の低い女の噺
あの無口な女の子――蝶子に初めて名前を呼ばれてから、二日が経った。
私は相変わらず同じ町に滞在したままで、旦那様からのご命令である女漁りを……
「あさき様、最近あまりお出かけになられませんね」
「うん……」
……サボっていた。
この町に滞在し始めてから一週間が経った今、私はずっとお世話になっている宿の部屋で胡坐をかき、ボーっとしている。
部屋にお茶を持ってきてくれた女将さんが、急須や湯呑みをカチャカチャやりながら口を開いた。
「あさき様がお部屋にこもりっきりでは、町の若い娘たちが寂しがってしまいますよ。娘たちがこの宿に押し掛けてきても不思議じゃないんですから」
「そうかなぁ……」
適当に返しながら開いた窓の外を見遣る。
女漁りは私の趣味じゃない。
あくまでも仕事だ。
それでも私が女漁りを再開できないのには、わけがある。
蝶子だ。
初めてできた、私の友達。
最後に会ったのはほんの二日前なんだけど、早くもまた会いたいなんて思っている私がいる。
前に会ったときは私がいきなり寝ちゃったし、今度はもっとゆっくり、色んな話をしたい。
彼女は口数が少ないけど、喋れることは分かったし、筆談だってできるし。
せっかく私にちょっと心を開いてくれた感じだったんだから、このまま一直線でもっと仲良くなりたい。
こんなときに女漁りなんかしてて、成果が上がるわけがない。
そう思ってサボり始めて早二日。
……流石に、このままじゃ旦那様に叱られるかなぁ。
「……外行こうかな……」
「是非そうなさって下さい。いつまでも私めがあさき様を独り占めしていては申し訳ありませんし、外の空気を吸うことも必要でしょうから」
「……そうする」
前者の理由はよく分からないけど、適当に笑って立ち上がった。
「お茶ありがとう。帰ってきてからもらうね」
「ええ、お気を付けて」
思い立ったら行動は早めに。
さっさと宿の玄関に向かって草履を引っ掛け、暖簾をくぐって外へ出る。
時間は昼過ぎと言ったところだ。
明るい空の下で顔を出すと、それに気付いた道行く娘たちがこちらを見て「まあ!」と声を上げた。
「あさき様!あさき様じゃありませんか!」
「この数日、どうなさっていたのですか!?」
「私達、病にでもなってしまわれたのではないかと心配で……!」
わっと集まってくる数人の娘たち。
数日ぶりに味わったハーレムはそれはもう壮絶なもので……私は尻込みしながらも笑った。
「ごめんね、俺は元気だから」
「どうして宿から出てこられなかったのですか?」
「まあ……たまにはそういうのもいいかなって。でも二日もみんなに会えなくて寂しかったよ」
「わ、私たちもです!たった二日でもあさき様のお顔が見れないと、もう……!」
「本当に安心しましたわ」
取って付けたような台詞でもそんなふうに感激して下さる……。
ここまですごいと逆に申し訳なくなってくる。
すっかり安心したふうな娘が胸を撫で下ろした。
「お元気そうで良かったわ。私はてっきり……」
そこまで言った娘の顔が、不意に暗くなる。
すると、他の娘たちも彼女の言わんとしていることが分かったのか、同じような顔になった。
「?“てっきり”……どうしたの?」
「そ、それは……」
「だってあさき様、お宿にこもられるようになったのは、あの女と会ってからのことではございませんか……ですから私は、あの夜……」
「!」
あの女。
蝶子のことか。
「……別に、あの子は何でもないよ?」
「でも……」
「俺の友達だよ。この前はちょっと俺がやらかしちゃって、それで落ち込んでただけだから」
またあの日のことを思い出して苦笑いする。
「や、やらかしたって……まさか……」
青ざめる娘たち。
多分、あの夜に“あさき様”が“やらかす”って言ったらなんて、アレしかないみたいな想像をしてるのかも知れない。
私はそれを吹っ飛ばすように明るく笑った。
「うん……せっかく遊びに来てくれたのに、俺がいきなり寝ちゃって!朝までそのまま」
「え……」
娘達が目を丸くした。
そしてしばらく呆けたかと思うと、一様に「ぷっ」と噴き出した。
「ね、寝てしまわれたのですか……?」
「それも、彼女を差し置いて!?」
娘たちはクスクス笑ったが、その笑みに、安心や何かを馬鹿にしたような感情が含まれているのが分かった。
「ふふっ……その子、お可哀想に。一人寂しく待ちぼうけをくらっただなんて」
「でも仕方ないですわ。人間、誰だって眠気には勝てませんものね」
クスクス笑う彼女らに、私も笑って返す。
「うん。だからあの子とはほとんど何も喋れなかったし、何もできなかったよ。なのに許してくれるんだから、本当に優しい人だと思う。次に会ったときもちゃんと謝るよ。あの人は、俺の大切な友達だから」
そう言うと、娘たちは笑うのをやめて、目を丸くしてこちらを見た。
「お友達……」
「うん。何か変?」
「……いいえ、そんなことは。お友達ですもの、何も心配することなんてありませんわ……」
「そうよね、お友達を大切にすることは、当然のことですし……」
どこか釈然としない様子で、けれど頷く彼女達に、私はにっこり笑って手を振った。
「ありがとう。じゃあ俺は、彼女に渡すお詫びのプレゼントを探してくるよ。じゃあね!」
手を振って、娘たちの囲みから抜け出す。
蝶子は私のことをとっくに許してくれてたけど……それでも何かあげようと思う。
お詫びと、あとは改めてよろしくっていう意味を込めて。
「何をあげたら喜ぶかなぁ……」
「……あさき様の、お友達ですって」
「ええ……お友達。お友達なら、あさき様もあの女をそういう目では見てらっしゃらないっていうことよね」
「そうよ、私達とはそもそも立っている土俵が違うんだわ」
「でも、あさき様が“大切な友達”だなんて、なんだか珍しい……」
「お友達……けして間違いなんか起こらないけれど、でも少し……」
「あんなふうに言ってもらえるなら、“お友達”という間柄も羨ましいような……」
取り残された娘たちの、静かな会話。
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