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□The Hanged Man
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灰の間を進むうちに、大きな木のオブジェの後ろから綺麗な結婚指輪を見つけた。

どうしてこんなところに、と思っているうちに、アサキがイヴの手の中にあるそれを見ながら呟く。


「……その指輪、あの花嫁たちの絵と関係あるのかな……」


アサキを見上げてぱちぱちと目を瞬いたイヴが、やがて納得したように頷いた。

三人で花嫁と花婿の部屋まで戻ってくると、イヴが指輪を見ながらこてんと首を傾げる。


「これ、手の彫刻の指にはめるの……どこにはめたらいいか分からない」


そう言ってアタシ達を見上げるイヴ。

そっか……イヴはまだ9才だもんね。


「イヴはまだ分かんないかも知れないわね、結婚指輪をはめる場所」

「どこ?」


イヴがそう言うと、アサキがおもむろにアタシの左腕を掴んだ。

突然のことに、勿論アタシは驚く。


「えっ?」

「イヴ、ここだ」


アタシの左手の薬指をさすアサキ。

アサキはちょっと悪戯っぽい顔になると、イヴから指輪を受け取り、あろうことかアタシの指にはめようとする――が、サイズが合わないのか、指輪は上手くはまらなかった。


「あれ、はまらない」

「これ女性用よ?サイズが合わないに決まってるじゃない」


溜め息を吐きながら手を離した。

……それにしてもドキドキした。

別に、アサキに指輪をはめられそうになってドキドキしたわけじゃないけど、単純に、触られたってことが……。

近付いたアサキの匂いとか、手の感触とか。

触れられたところがジンジンするように熱いのだって、こんな感覚、もういつぶりか分からない。


アサキが指輪をイヴに返しながら笑った。


「ほら、やってみて」


イヴは“私がやっていいの?”といった感じで目を瞬いたけど、アサキに頷かれて、てとてとと花嫁の左手の方へ寄っていった。

床から突き出る花嫁の左手を掴み、薬指にそーっと指輪を近付ける。

その様子を見ていたアサキが、おかしそうにくすりと笑った。


「なんか微笑ましいな」

「そう?」

「だってほら、なんかイヴが緊張してて」


アサキが指差すイヴは、子どもなりに、人の左手の薬指に指輪をはめるという行為がどんなに重大なものか分かってるみたいで、慎重に、そろーっと指輪をはめている。

イヴが指輪をはめ終えると、蠢いていた花嫁と花婿の手が止まり、絵画に描かれた二人がにっこりと微笑んだ。


「!」


その様子を驚いて見ているアサキ。

花嫁が、手に持っていたブーケを放り投げる。

ふわりと宙に舞い上がったそれは、すぐそばにいたアサキの方へと飛んでいく。

目を見開いて息を飲んだアサキは、条件反射のようにブーケを受け止めていた。

受け取ったブーケをアサキが見下ろす。


「……っ、……ギャリー、あげる」


どこか悲しそうに顔を顰めると、ブーケから視線を逸らしてアタシに押し付けた。


「え、ちょ、ちょっと」


色んな種類の花が混ざった、綺麗なブーケ。

絵の中から出てきたって言うのに、芳しい香りがする。

こんなに綺麗なのに……。


「それにしても、このブーケが何の役に立つのかしら?」

「きれい……」


イヴが大きな瞳をキラキラさせてこっちを見るので、大人しくブーケを渡した。

アサキが口元に手をやりながら言う。


「そう言えば、さっき探索してたときに、イヴの薔薇を欲しがってる絵画があったよな。そのブーケの中の一本ぐらい、あいつにあげてもいいんじゃないかな」

「げ、あいつに?」


花嫁たちの謎を解くために灰の間を探索している途中、長い廊下の行き止まりで、黒いキャンパスに青で描かれた顔の絵画を見た。

子どもが描いた落書きのような絵画は、イヴの手にある薔薇を見るなり、それが欲しいなんて言ってきたわけで。

イヴはそれを渡そうとしたけど、なんたってその薔薇はイヴの精神そのものなわけだし……絵画もヘラヘラニヤニヤしてて、なんだか信用できない感じだったので止めた。

アサキはそのときのことを言ってるみたい。


「他に手掛かりっぽいものもなかったし、あいつに花をあげたら何か分かるかも知れないな」


イヴがこくんと頷いた。

そして早速その絵画のところへ戻ろうと、三人で花嫁たちの部屋をあとにする。

その時、指輪をもらって幸せそうになった『幸福の花嫁』を、アサキはまた見上げていた。














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