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□イメージクラッシュ
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廊下に男性を残し、薔薇を探して歩いていると、空の花瓶が鎮座するテーブルを見つけた。

花瓶の両脇に白い張り紙が貼り付けられていて、前に私が見たものと同じ文章が書かれている。

さっきの男性は、ここで自分の薔薇を取ったようだ。


「イロハ……」


イヴにくいくいと服の裾を引っ張られて振り向くと、彼女が廊下の奥のほうを指差している。

地面に何か落ちているみたいだ。

駆け寄ってみると、それは青い色をした花びらだった。


「青い薔薇の花びら……?」


見れば、花びらは一枚だけでなく、何枚もそこに落ちている。

すぐそばの壁に、『青い服の女』と書かれた作品名のプレートと、四角い額縁の跡が残っていた。

背筋がゾッとした。

嫌な予感がする。


私やイヴと同じだ。

あの男性も自分の命の薔薇を取り、それと同じ色の服を着た女の絵画に襲われたのだ。

そして薔薇を取られてしまった。

それで彼が苦しんでるってことは……その絵画の女が、彼から奪った薔薇の花びらを、現在進行形でちぎっているということ。

早く薔薇を取り戻さないと、花びらを全部ちぎられたら……彼が死んでしまう。


イヴと同時に走り出し、すぐそばにあった赤いドアの鍵穴に、男性が持っていた小さな鍵を差し込んだ。

ドアを開けると、部屋の奥から獣が笑うような声が聞こえる。

中へ入った瞬間、額縁の奥から上半身を這い出して、嬉しそうに薔薇の花びらをちぎっている青い服の女と目が合った。

床に散らばっている青い花びら。

あの男性の命の欠片。

薔薇に残っている花びらの少なさに、血の気が引いた。

花びらをちぎる手を止めてニンマリ笑ったままの女が、絶句している私をジッと見てくる。

……逃げたい。

でも、逃げちゃいけない……。


幸い、私たちの真後ろにはドアがある。

これを隔ててしまえば彼女達は追いかけてこれないんだから、いざというときも何とかなる。


「……イヴ」


青い服の女を見据えながら腰元に隠れるイヴに声をかけると、視界の端でイヴがゆっくりと頷いた。

途端、青い服の女は持っていた薔薇の花を捨て、目を爛々と光らせながら襲いかかってきた。


「――っ!」


イヴと一緒にそれを避けて、部屋の奥へと走る。

床に放り出された萎れかけの薔薇を拾い上げて、もう片方の手でイヴを引っ張った。


「イヴ、こっち!」


這いずってくる青い服の女を避けながらドアへ向かい、二人とも部屋を出たところで勢いよくドアを閉めた。

ドアノブを握る手がガタガタと震えている。

でも……やった。

あの男性の薔薇をちゃんと取り返した……!


安心したのもつかの間、たった今閉めたドアの横の壁から、バンバンと激しい音が聞こえた。

窓がある。

この廊下と、ドアの向こう側にある部屋とを繋ぐ、一枚の窓だ。

それを青い服の女が向こう側から叩いているらしい。

そう言えば、さっき部屋の中に一つのイスがあるのを見かけた気がする……それを使ってよじ登っているのだろう。

見た目からして、窓はかなり分厚そうだった。

あいつにこんなの破れるわけがない、と思ったのは一瞬のことで、次の瞬間には窓ガラスが豪快に割れ、その向こうから飛び出してきた青い服の女に悲鳴を上げた。

わけも分からず、イヴの腕を引っ掴んで走り出す。

男性が倒れていた廊下へ続くドアを強引に開け、イヴを放り込んでから自分も続き、ドアを閉めた。

あの女がドアを開けられないのは知っているし、今度はこの部屋と向こう側を繋ぐ窓もない……それでも、閉めたドアから急いで離れた。


「ハァッ……ハァッ……」

「イロハ、だいじょうぶ……?」

「ハァ……なんとか……大丈夫だよ……」


手に握りしめた青い薔薇を見る。

たった一枚の花びらを残してしおれかかった花。

あと少しでも取り返すのが遅かったら、本当に危なかった……。


「良かったぁ……」

「ねえ、イロハ」


イヴがそっと私の服の袖を引っ張り、テーブルの上に置いてある花瓶を指差す。

中にはたっぷり水が入ってるみたいだ。


「これ……活けたら元気になるかな」


うん、と言うようにイヴが頷くので、しおれかかった青い薔薇を、そっと花瓶にさして活けた。

すると不思議なことに、たちまち青い花びらが蘇り、綺麗な薔薇の花が咲いた。


「すごい……!」

「これであの人、元気になるね」

「うん……」

「イロハの薔薇も活けようよ」

「え?」

「イロハの薔薇、少し元気ないから……」


イヴ言われるままに薔薇を取り出し、花瓶に活けてみる。

途端に私の体からポウッと光が立ちのぼり、薔薇の花が元気になった。

体が軽い。

驚いている間にイヴも自分の赤い薔薇を取り出し、うんしょと背伸びをして花瓶に薔薇をさしている。

イヴの身長だと、テーブルの上に置かれた花瓶を倒さないように花を活けるのは難しいらしい。

元気になった赤い薔薇をイヴの代わりに取って渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがと……イロハ」


両手で握った薔薇を胸元に、照れたように頬を緩めるイヴ。


「どういたしまして。さっきの人のところに戻ろう?」

「うん」


私の隣に立って、そっと手を繋いでくるイヴ。

この花瓶の水は一体どういう仕組みなんだろうと思いつつ、私達は男性のもとへと急いだ。















男性が倒れていた廊下に戻ると、私が仰向けに寝かせたはずの男性はまたうつ伏せになっていた。

私たちがここを離れてからも、青い薔薇が取り返されるまではここでずっと苦しんでいたらしい。

でも今は、青い薔薇は私の手元で綺麗に咲いている。

もう男性が苦しんでいる様子もなかった。


歩み寄る私たちの足音で気が付いたのか、男性が低い声を伸ばした。


「……うーん……」


そして指先をピクリと動かし、ゆっくりと起き上がる。

思っていたよりあっさり起き上がれたことが不思議なのか、顔を上げた男性は、前髪から覗く切れ長の三白眼を見開いていた。

目を開けてもやっぱりカッコいい。

動き出した彼を見て、私の胸がついドキドキと高鳴る。


ど、どんな性格かな。

優しい人だといいな……。


彼の見た目からして少し怖い印象があるので、思わずそう願いながら見ていると、彼は低くて穏やかなテノール・ボイスでこう呟いた。


「……あら?苦しくなくなった……」


……“あら”?

その言葉に違和感を覚えて目を瞬く私。

イヴが男性のそばにしゃがみ込んだので、男性がイヴと私に気付き、こちらを見上げた。

私達を見た途端に彼の顔が青ざめた。


「うわっ!」


そう声を上げるなり、素早く起き上がって私達と距離をとる。


「な……今度はなによ!もう何も持ってないわよ!!」


“なによ”。

“ないわよ”。


(え?え……え?)


彼が何語を喋っているのか理解できない。

言葉の意味はちゃんと分かるんだけど、彼が使ってる言語の意味が理解できない。

何この人……女の人?

いや、でも……顔を見ても体を見ても、服を見ても声を聞いても……彼が喋っている言葉以外、どれを取っても間違いなく男の人だ。


(な、何この人……)


彼の見た目と言葉遣いのギャップに戸惑っていると、彼は私達をよくよく見て、何かに気付いたように警戒を緩めた。


「あ……あれ?アンタたちもしかして……美術館にいた……人!?そうでしょ!」


“美術館にいた人”ではなく“人”の辺りでかなり驚いている彼を見る限り、彼もここでかなり人外に追い回されてきたらしい。

まず“人”がいるのが信じられないと。

私もここに来て初めてイヴに会ったときはそうだった。


私とイヴが返事もしないうちに、彼はすっかり安堵した表情になり、嬉しそうな笑顔でこちらに歩み寄ってきた。


「あぁ良かった!アタシの他にも人がいた!」


(“アタシ”……)


この人、そういう系なのか。

顔はこんなにイケメンなのに……。

そう思い、私は引きつった変な顔で笑っていた。














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