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□不思議な世界
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鍵がかかっていたはずのドアはすんなりと開いた。

どういう仕掛けかは分からないけど、やっぱりさっき薔薇を取ったときに鍵が開いたようだ。

ドアを開けて進んだ先にも、一定の間隔を空けて絵画が飾られている。

まだ明るかった頃の美術館の中で見たような作品もあれば、あそこでは見かけなかった作品もある。

その中の一枚が私の目にとまり、ふと立ち止まった。

額縁の中でこちらを見つめて静かに微笑む、綺麗な女性の絵だ。

単色で塗りつぶされたワンピースは、偶然にも私の薔薇の花びらと同じ色をしていた。


「きれい……」


なのに、どこかゾッとする雰囲気のある絵だ。

なんでだろう?

そう思っていた矢先、微笑む女性の目が、急に私の手元を見るようにギョロンと下がった。

絵画の目が動いたことに驚きながら視線を辿れば、どうも私が持っている薔薇を見ているように思える。

女性の口と目が、ニタリと恐ろしく嗤った。


途端、パリーンとガラスを突き破るような音と共に、絵画が額縁ごと壁から外れ、床に落ちた。


「――ッ!?」


信じられないことに、床に落ちた額縁から女性の上半身が飛び出している。

彼女は私を見上げるなり、下半身を突っ込んだままの額縁を引きずりながら、二本の腕だけでズルズルと這い寄ってきた。

まるでB級ホラー映画のようなとんでもない光景。

私は混乱して悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。














二本の腕で床を這い、とてつもないスピードで迫ってくる絵画の女。

額縁の中に収まっていたときとはまるで違う、狂気に歪んだ笑顔と獣のような鳴き声。

長い髪を振り乱しながら襲いかかってくる化け物に、私は混乱しながら逃げまどい、ぶち当たった行き止まりに鎮座するドアのノブを乱暴に捻った。

幸運なことに鍵はかかっていなかった。

本当に運が良かったと思う。

もしこのドアに鍵がかかっていたら、私は間違いなくこの場所で死んでいた。


私は開いたドアの向こうに体をねじ込んで、振り向きざまに思いっきりドアを閉めた。

向こうから、体ごと体当たりするようにドアを叩く音と衝撃が伝わってくる。

ドンドンドンドンドン!と忙しなく殴られるドアに体を押し当てて、半分くらい泣いてしまいながらジッと耐えた。


しばらくして、ドアを叩く音が聞こえなくなる。


(……諦めた……?)


あの化け物はドアを叩きこそすれ、ドアのノブに手を伸ばして捻ってくるようなことはなかった。

額縁の中に下半身を残したまま、上半身だけで地面を這いずって移動する彼女だ。

ドアノブまで手が届かないのかもしれない。

ドアを一つ隔ててしまえば、そこまでは追いかけられないのだ。


「……良かった……」


ぐったりとドアに凭れかかりながら、安堵の溜め息を漏らす。

胸に手を当てずとも、心臓がドクドクいっているのが分かる。


一息ついた私は、今しがた自分が入ってきた部屋の様子を見ようと振り返った。

そして、そこで私はやっと気付いた。

一体いつからそこにいたのか、10才前後ぐらいの少女が立ってこちらを見ていたのだ。


「わあッ!?」


私は声を上げて縮みあがったが、彼女は襲いかかってくることがなければ逃げることもせず、そこに立ったままだった。

茶色の髪に、赤い瞳。

白いシャツ以外は胸元のリボンからスカート、靴まで赤で揃えた可愛らしい女の子だ。

上品なデザインの洋服と、綺麗に切り揃えられたストレートの髪から、いいところのお嬢さんらしいことが分かる。

どこか内向的な印象を持つ少女は、その小さな手に、綺麗な赤い薔薇を持っていた。


「!それ……」


自分の手の中の薔薇と見比べる。

彼女も、ゆっくりと自分の薔薇と私の薔薇を確認したようだった。


一輪の薔薇。

それだけで、どうやら私と彼女が似た状況にあるらしいということが分かった。















イヴ。

可愛らしい声で、彼女は自身をそう名乗った。

両親と一緒に、家族三人でゲルテナ展を見にきていたらしい。

それがいつの間にかこんなことになってしまって、彼女もさぞ心細かったことだろう。


俯いていたイヴがこちらを見上げたので、私も自分の名前を教えた。


「私はイロハ」

「イロハ……」

「うん!イヴ、よろしくね」


こくんと頷く小さな頭。

私はイヴの前に屈み、俯きがちの顔を覗き込んだ。


「イヴも、あの深海の絵を通ってここに来たの?」


すぐに『深海の世』の絵のことを思い出したらしく、イヴが頷いた。


「そっか。私もあそこからここに来たんだ。……美術館、急に誰もいなくなっちゃったよね?」


イヴは無表情に近い顔で、けれどどこか不安そうに頷いた。

感情が顔に出にくいタイプなのかも知れない。

でも、考えていることや抱いている感情は様子を見ていれば分かる、そんな雰囲気の子だ。

私はイヴの頭を優しく撫でた。


「一人ぼっちは怖かったよね……。でももう大丈夫。イヴのお父さんとお母さん、一緒にさがそう」


イヴはホッとした様子で頷いてくれた。

私も安心した。

この不思議な世界でやっと会えたのが、こんな小さな子……頼りにならないのは残念だ。

でも、誰もいないわけじゃないってことが分かった。

他にも誰かいるかもしれない。

絶対に大丈夫……この子と一緒に人を捜そう。


さっきの絵画の女のことを思うと、もしこれからあんな奴に遭遇したとき、私がこの子を護ってあげなきゃいけないんだけど……私にできるかな。

見たところ、私の持っているそれよりも小さくて花びらの少ない薔薇を持つ、非力な少女。


(護ってあげられるかな……もし駄目だったら、どうしよう)


私にだって正義感はある。

でも、もしまたあんな化け物に襲われたら……もしあれよりもっと怖い奴が出てきたら……私はこの子を置いて逃げちゃうかもしれない。

だって、私にはあんな化け物からこの子を護るような力も勇気も知恵もない。

何もかもが人並みの範囲内だ。

……でも、それまでは。

自分にできる限り、一生懸命この子を護っていこう。


私はイヴの小さな手を繋ぎ、優しく握りしめた。





*了*





アトガキ



読んでも読まなくても大丈夫な感じの導入部分。
夢主はこんな感じで不思議な世界に入り込みました。
ギャリーのギャの字もない!

夢主の薔薇の色を書いていないのはわざとです。
薔薇の色や容姿など、お好きなように想像して頂けたらと思います。

ゲーム本編で『深海の世』のそばにあった青い足跡は、色的にギャリーのものかなーと思っています。
ギャリーは『深海の世』から迷い込んだわけじゃないみたいなことをギャリーが言ってた気がしますが(気付いたら変な階段があって〜的な)、あの足跡は“先におかしな美術館に迷い込んだ人がいる”ということをイヴに教えるためのものだったんじゃないかなぁとこのお話では解釈しています。
つまりギャリーが本当に足跡を残したわけではありません。
……というわけで、夢主のときは、“イヴとギャリーが先に迷い込んでいる”という証に、赤い足跡と青い足跡の二つが残っている、という感じにしました。
間違った解釈かもしれないのでアテになさらないでくださいね!ww


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