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08・昨日の夜の体が痛い





「あー痛い……昨日はやりすぎたなぁ」


昼。

医務室で伊作から湿布をもらったあさきは、昼食をとるために食堂へ入った。


「おばちゃん、こんにちは」

「あらあさきくん、こんにちは。お昼は何にする?」


今日も元気そうな食堂のおばちゃんに注文をして、カウンターの前で待つ。

すると食堂の入口から、自分と同じ、深緑色の忍装束を着た生徒が入ってくるところだった。

あさきが何気なく視線をやると、入ってきたその生徒が急に立ち止まり、青ざめて硬直する。

潮江文次郎だった。


「うっ!奥山……!」


食堂の入口で立ち止まったため、後ろでつっかえた小平太と長次が不思議そうな顔をしている。


「お?どうした文次郎?」


その横を、留三郎が興味もなさそうにすり抜けた。


「ほっとけほっとけ、そいつのことなんか構うな。おばちゃーん焼き魚定食一つー!」

「は〜い」


小平太と長次も首を傾げながら文次郎の横をすり抜けて食堂に入ってくるが、文次郎はいまだにあさきを見て青ざめている。


「はい、あさきくんお待たせ。お残しは許しまへんで〜!」

「ありがとうございます」


厨房の奥から出てきたおばちゃんからお盆を受け取ったあさきは、文次郎の顔色が悪い理由を察していた。

きっと昨夜の訓練のせいだ。


(潮江、かなりビビってたもんな……)


ついそのときの様子を思い出してしまい、あさきはクスリと笑っていた。

それを見た文次郎が顔を引きつらせる。

あさきはそれを見てますます愉快になってしまいながらお盆を持ち、空いた席の方へ移動する。


「あいたた」


途端に体がギシリと悲鳴を上げた。
















一方の文次郎はと言えば、食堂のおばちゃんに「潮江くんは何にするの?」と訊かれてやっと金縛りのような硬直から逃れていた。

どうにか注文を済ませると、留三郎が「さっきの、い組の奥山じゃないか?」とカウンターに寄り掛かりながら言う。


「なんだお前、あいつと喧嘩でもしたのか」

「うッ、うるせえ!お前には関係ないだろう!?」

「はぁ!?何だその態度!」


こんな複雑な事情が絡んでいるときに限って、留三郎は首を突っ込んで訊いてくる。

間が悪いにも程がある。

文次郎は動揺しきっていた。


文次郎の態度に顔を顰める留三郎に、小平太が思い出したように訊く。


「そう言えば留三郎!伊作の姿が見えないがどうしたんだ?」

「ん?あー医務室だ。新野先生が出張でいらっしゃらないから、留守番だと」


そんな会話をしていると、食堂に新たに六年生が入ってくる。

仙蔵だった。


「おお、仙蔵!」

「小平太か」

「今ならまだ席空いてるぞー」

「そうか、それは良かった」


仙蔵は口早に返事をするが、そう言った頃にはすでに小平太の方を見ておらず、それどころか食堂のおばちゃんへの注文すらスルーして、テーブル席の方へツカツカと歩いていくところだった。

黒髪が靡く後ろ姿を小平太達が不思議そうに見送っていれば、仙蔵は一人で昼食をとるあさきの方へ一直線に歩いていった。


「奥山」

「ん?ああ、立花」


気付いたあさきがテーブルから顔を上げ、箸を持っていた手を止める。

途端、仙蔵は「失礼する」と言うなり、そこに腰を降ろした。

……あさきとテーブルの間、つまりあさきの膝の上に。


「……」


これにはあさきも、カウンターから見ていた小平太や留三郎たちもポカンだ。

ついでに言えば、周りで昼食をとっていた他の忍たま達も呆然とした表情で仙蔵とあさきを見ていた。


自分の膝の上に座り、偉そうに腕と足をそれぞれ組んで踏ん反り返る仙蔵に、あさきが目を白黒させた。


「……え、立花?」

「奥山、昨夜は文次郎と夜間訓練をしたそうだな」

「あ、はあ。まあ」


唖然としながらも頷くあさきの体は全身筋肉痛だ。

人間一人の体重を乗せられて悲鳴を上げているが、それすら気にしている余裕もないほど、あさきは仙蔵の奇行に驚いてしまっていた。

あさきの膝の上に座る仙蔵は、そんな珍妙なポジションにいても仕草や態度だけはどこまでも気高い。

肩にかかる髪を邪魔っけにサラリと流しながらあさきを睨んだ。


「それなら今夜は私と夜間訓練をしてみないか?」


それを言うためだけに何故かあさきの膝に座ってるのか、と納得したようなしてないような微妙な顔をしている留三郎たちをよそに、あさきは「あー……」と微妙な表情になる。


「ごめん、無理」

「なっ!?……な、何故だ?文次郎がよくて私が無理な理由を聞かせてもらおうか」


唇の端を引きつらせる仙蔵に、あさきは素直に理由を白状する。


「昨日やりすぎたから。体中痛いんだよね……」


だから退いてもらえると嬉しいんだけど……とさり気無く呟くあさきには目もくれず、仙蔵はあさきの膝の上に座ったままカウンターの方にいる文次郎をキッと睨みつけた。


「な、なんだよ!」


あからさまにうろたえる文次郎。

そしてそこに、何とも悪いタイミングでまた六年生が現れた。


「おばちゃんこんにちはー!唐揚げ定食ありますかー?……って、えっ!?」


カウンターの奥に向けた笑顔を何気なくみんなの視線の先にやって硬直する。

たった今、医務室から戻ったらしい伊作だった。

仙蔵があさきの膝の上に座りながら文次郎を睨みつけているという珍妙な状況を見て、頭の中で色んな思考が交錯する。

“仙蔵、あさきくん全身筋肉痛みたいだから退いてあげたほうがいいよ”とか“なんでそこに座ってるの?”とか“注文はどうしたの?”とか“仙蔵やっぱりあさきくんのことが?”とか“文次郎と仙蔵とあさきくんってそういう三角関係なの?”とか。

ついさっき医務室で自分にとんでもないことをしてきたばかりのあさきを見ると、自然と伊作の顔は熱くなっていた。



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