BOOK_DUNST

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ピピ、ピピ、ピピ。


シャッターを切る度にカメラから漏れる電子音。

昼の学校で、すっかり聞き慣れた音をBGMにしながら学園の中等部の風景をデータにおさめていく。

通りかかった生徒達は慌ててカメラから逃げたり、フレーム内に飛び込んできて笑顔でピースをしてきたり、色んな反応を見せてくれた。

そうやって写真を撮り続けていると、何度か同じ姿を目撃した。


中等部三学年の階を歩く、中等部生徒会長の鉢屋三郎くん。

彼が歩いているときは、大体いつも周りに友達がいて、周りの生徒たちも彼に注目する。

三郎くんには何度も生徒から声がかかって、その人気はこの前雷蔵くんが言っていた通りだった。


今も人の視線を浴びながら廊下を歩いていく三郎くん。

するとその廊下の向こう側から、全く同じ顔をした生徒が歩いてきた。

不破雷蔵くんだ。

彼らは見た目こそそっくりだけど、普通に過ごしている姿を見ればどっちがどっちなのか分かるらしい。

雷蔵くんは穏やかな雰囲気を纏って手に数冊の本を抱え、一人二人の友人と並んで歩きながら静かに談笑している。

そんな雷蔵くんと三郎くんが同じ廊下に居合わせれば、二人の違いは簡単に見て取れた。

雷蔵くんが、三郎くんを見るなり「あっ」という顔をする。


「三郎、どこ言ってたんだよ……今日も先生が用事あるって仰ってたのに」

「別に、その辺を歩いてきただけだけど?」

「朝からの数時間で、僕が先生に何回止められたと思ってるんだ!ちょっとそこらを歩けば鉢屋鉢屋って……どこに隠れてればそこまで先生から逃げ切れるんだよ、授業終わる度に姿が見えなくなっちゃうし」


雷蔵くんが困り顔で三郎君に詰め寄り、じっと睨む。

三郎くんは笑いながら「顔が怖いぞ雷蔵」なんて茶化した。


「お前は本当に私のことが好きなんだなぁ……」

「三郎……!」

「冗談だ。だがそれにしたって心配し過ぎだぞ。ちょっと遊びに行ってるだけなんだから、お前だって先生にいちいち謝ったりすることないのにな」

「僕がいちいち先生に呼び止められるのは誰のせいだと思ってるんだよ!」


少し強めに声を荒げる雷蔵くんに、さすがの三郎くんも頭を掻きながら「すまん」と謝った。

お互いの友人を置いてけぼりに、廊下の真ん中でそんな会話を繰り拡げる二人を他の生徒達が見つめる。


「やっぱり二人のカンケーってなんかアヤシ〜……」

「禁断ってヤツ?」


教室の廊下側の窓から顔をのぞかせていた二人の女子が、顔を突き合わせてコソコソと騒いでいる。

廊下にいた男子も、


「あいつらって双子じゃないんだよな……アレだけ似てて血のつながりがないとか、ちょっと怖くねえ?」

「ドッペルゲンガーってヤツか?」


ヒソヒソと、そんな言葉を交わしていた。

それを少し離れたところから見ていた私は、また何やら一方的な言い合いをしている二人を見つめる。


(……双子じゃなかったんだ)


親戚どころか、血の繋がりもないそうで。

それなのにあれだけ似てるなんて……そして、雷蔵くんが三郎くんを気にかける様子も、少しだけ大袈裟な気がする。


雷蔵くんと三郎くんの会話につられてザワザワと騒がしくなってきた廊下に、また少し違ったざわめきが混じった。

背後から一際大きなざわめきが押し寄せる。

振り返ると、廊下の向こうから人だかりが真っ二つに分かれて、生徒達がみんな廊下の端に寄っていた。

ぱっかりと開いた廊下の真ん中を、誰かが歩いてくる。

高等部の制服を着た生徒だ。

中等部の校舎ではまず見ることがない異色の制服。

そして、それを着ているのが……まだ転校してきたばっかりの私でも見た覚えがある姿だということに、少し驚いた。

スラリとした華奢めな体つきに、白い肌とさらさらの黒髪。


(あの人……)


前に朝の校門で、と思いだす前に、生徒の一人が呟いた。


「風紀委員会の立花先輩だ……」


そうだ。

彼の腕に付いた風紀委員の腕章……この前、朝の校門で挨拶運動をしていた生徒の中に確かにあの人がいて、



『おはよう。急げ、遅刻するぞ』



擦れ違いざまに、そう言われた。


廊下の向こうから歩いてきた“風紀委員の立花先輩”は、三郎の前まで来て立ち止まった。


「……鉢屋。先生を困らせるのも大概にしろ。高等部にまで話が来るというのは相当だぞ……」


私がたった今、思い返したばかりの綺麗な声で彼が言った。

彼を見る女子生徒達は、そのうちのかなりの人数が目をハートにしているような気がする。

確かに美形だ。


対する中等部生徒会長、鉢屋三郎くんが困り顔で返した。


「別に逃げているつもりはないんですが……今日は中等部の校舎から出ていませんし」


そう言うと、立花先輩が綺麗な笑みをピクリと歪めた。


「……それは、アレだろう。貴様、また勝手に他の生徒の顔を使っていたな……?」


それを聞いた途端、雷蔵くんが面倒くさそうな顔をした。

“勘弁してくれ”といった感じの顔だ。

立花先輩が三郎くんを指差す。


「中等部の一年生が、学年主任から謂れのない説教を食らったと零していたぞ!その生徒の顔で学年主任に迷惑をかけたのは鉢屋三郎、お前だろう!」

「学年主任が生徒集会で“嘘を吐くのは良くない”と仰っていたので、その言葉に賛同して主任の頭部に隠された嘘をすっぱ抜いただけです」


途端、廊下にいる生徒たちがブッと噴き出した。

学年主任が誰だか分からない私は、思わず辺りをキョロキョロと見回してしまう。

中には私と同じように今の話がよく分からなかった生徒がいるらしく、隣にいた生徒から耳打ちされたかと思うと、驚いたように「えっ、ヅラなの!?」と叫んでいた。

立花先輩が拳をフルフルと震わせた。


「やっていいことと悪いことがあるのを理解しろ……!大体、貴様が学年主任のことを言えたクチか!学年主任のお言葉に賛同するなら、お前もその嘘だらけの顔面をどうにかしろ!」


立花先輩の言葉に、周囲が息を飲んだ。

私は何が何だかワケが分からなかったけど、それってつまり……。


(他の生徒の顔を使うって……嘘だらけの顔って、)


三郎くんがニンマリと笑った。


「素顔を晒せということですか?」

「過度な化粧は校則でも禁止されているだろう……。まさかこの校則を女子ではなく男子に、しかも化粧どころか変装をしている奴に叩きつける日が来るとは思わなかったがな」


(変装……)


その言葉でやっと納得できた。

雷蔵くんと三郎くんの瓜二つのあの顔は、三郎くんの方がわざとそうしているらしい。

三郎くんが雷蔵くんの変装をしているのだ

そして時には他の生徒の顔にもなって、悪戯なんかしてしまうらしい。

理屈は分かったけれど、それにしたって随分立派な変装だ。

変装だと分かった上で彼の顔を注意深く見てみても、それが変装だとはちっとも思えない。



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