BOOK_SB

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本屋では、蝶子は難しい題の本ばっかり手に取った。

目で雄弁に“本が好き”とか語っていたわりには、ものすごく静かに本を見る。

時々本の内容を覗き込んでみても、私にはさっぱり読めないものばっかりだ。

内容もよく分からない。


店の奥には、積み上げた本が崩れてしまったかのような本の山がある。

そしてその中に老人――店主が顔だけ出すように埋もれて座っていて、なんとも異様だ。

そんな老人が、本を見て回る蝶子を眺めてはニヤニヤと笑っているのが気になる。

まさかこの老人、蝶子をいやらしい目で見てるんじゃないだろうな……。

女将さんからもマニアックな本好きの陰気臭い老人だって聞いてたから、ちょっと怖い。


その時、老人がおもむろにこちらを見て、私を見てもニヤァと笑った。


「ヒッ……」


喉から小さく引き攣った声が漏れ、私は慌てて後ずさる。


(ぶ、不気味……!)


怖い!帰りたい!


そんな私の前を蝶子が横切り、手に一冊の本を携えて老人の方に近寄っていった。

老人は相変わらずニヤニヤいやらしく笑ったままだが、蝶子はそんな老人をその長身で見下ろして、ぼそぼそと普通に喋っていた。

少しも物怖じしないその様子に、相手は女の子なのに“カッコいいなオイ”とか思ってしまった。


(でも蝶子、大丈夫かなぁ……)


私と違ってあの子は普通に女の子だし。

けれど老人も老人で、ずっとニヤニヤしているだけで、何回か頷いたり、本の山から別の本を出してきたりと、わりと普通に蝶子と会話をしているように見えた。





しばらくして、蝶子が本の山の中の老人から離れ、こっちに戻ってくる。

その手には、さっきも持っていた一冊の本と、それに加えて数冊の本を持っていた。


「買ったの?」


コクンと頷く蝶子に、私は「へ、へえ」と曖昧に返す。


「いい買い物ができて、良かったね……」

「……あさき……」

「ん?」


蝶子は私と一緒に店を出ながらぼそぼそと喋った。


「……“本の趣味が分かる”と言われた……」

「そっか……蝶子も結構マニアックな本読むんだね」


店の老人のニヤニヤ笑いの理由が早くも判明して、つい笑ってしまった。

老人は本の趣味が分かる蝶子を気に入って笑ってたみたいだ。

もし老いぼれながらに蝶子に変な気でも起こしてたらどうしようかと……。


「……私の声を、“低くて気味が悪い”とも……」

「……そんなことも言われたの?」


ちょっと、あの老人。

蝶子に色目を使ってなかったのはいいけど、それはそれで大問題なんですけど。


「私の声は……気味が悪いだろうか……」


ただでさえ小さな声が、もっと小さくなる。

私は慌てて頭を振った。


「そんなことないよ!!お、俺も男のわりに声が低くないから変だって言われるし、そういう気持ちはよく分かるから……でも、おかしくない!」

「……そう、か」


蝶子が私の方を見て、ホッとしたように目を細める。

声も少しだけ大きくなったので安心した。


「……あの老人、それから」

「ん?」

「“可愛い子を連れている”と……」

「……」


老人が私の方を見てもニヤニヤしてた理由。

今の私は男装してるはずなんだけど……まさか。

サァッと青ざめる。


「あはは、やだなぁ……確かに声は高めかも知れないけど、俺は男なんだってー……」


乾いた笑みを漏らすと、蝶子が「アレは」と呟いた。


「変わった趣味をしている……」

「……」


マニアックじいさんだから、気に入った顔なら相手が男でもいいと。

むしろ男の方が大歓迎だとか?


「あ、あはは……、……勘弁して下さい」

「……だろうな……」


ついに苦笑いもできなくなって全力で拒否すると、蝶子も感慨深げに頷いた。

女の子ながら、よく男の気持ちを分かってくれる子だ。


ソッチの道に興味がない男からしたら、男色とか、そういうのって本当に気味が悪いし迷惑だと思う。

……いやまあ、私も本当は女の子だけど。

私も普段、実は興味もないのに仕事の関係で同性の女の子から言い寄られまくってるので、そういう気持ちが痛いほどよく分かる。

そりゃあ女の子は可愛いけど、さすがに恋愛対象にはならないよ……。


「ところで蝶子、どんな本買ったの?」


道を歩きながら、蝶子が持つ数冊の本を覗き込む。


「店主の薦めた本と……物語……」

「へえ……難しい?」

「いや……」


短いながらも、ちゃんと会話してくれるのが嬉しい。

思わず浮かれてしまって、本から蝶子に視線を移してじっと見つめると、彼女は困ったような顔をした。

少し顔を赤らめて視線を逸らし、小さく呟く。


「……読んでやる……」


じっと見られるのは恥ずかしいのかも知れないけど、それでもそんなふうに優しくしてくれる蝶子の態度にたまらなくなった。














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