BOOK_SB
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結果として、私は蝶子に贈るための品を見繕いに店に入ることすらできないでいた。
久しぶりに私の顔を見た、さっきとは別の娘たちが、やたらテンションを上げて私を捕まえているのだ。
“きゃーあさき様”とか“寂しかったわー”とか叫んで。
あさき様人気もここまで来るとおぞましい。
この方が仕事はやりやすいけど、ちょっとやり過ぎたかな……いや、私がこの町に来るのはかなり久しぶりだし、男装を始めてから来るのは初めてなんだけど。
よその町で立った噂が、かなり大袈裟になってこっちに渡ってきたんだと思う。
店に行くことが出来ないならと自分を取り囲む娘たちを見て、蝶子に贈るもののヒントを探っていると、そんな娘たちの向こう、遠くの方に、道を歩く人影を見つけた。
「!」
ここからかなり距離はあるけど、それでもよく見えるほど目立つ高身長。
綺麗に伸びた焦げ茶色の髪で、少し顔を伏せて歩く姿。
私はそれを見つけるなり、人垣の中でも目立つように手を挙げて背伸びした。
「蝶子ー!」
人影が立ち止まって、こっちを見る。
やっぱり蝶子だ。
その反応だけでも嬉しくて、私は娘たちに何度か謝ってからそちらに走っていった。
それまで立ち止まって待っててくれる蝶子。
久しぶりに走ってそこに辿り着くと、私は彼女を見上げて笑った。
「二日ぶり!町に来てたんだね!何か用事?」
良かったら付き合わせてもらおうかなぁなんて思っていると、彼女は静かに頭を振った。
この町に用事があったわけじゃないらしい。
じゃあ何だろう。
首を傾げていると、蝶子が少し私に近付き、小さく掠れた声を漏らした。
「会いにきた……あさきに」
「!わ、……俺に?」
思わず“私”なんて言いそうになりながら訊き直すと、彼女はこくんと頷いた。
どうしよう、嬉しい。
「ほ、本当!?やった、嬉しい!えっと……どうしよう、いきなりだから、何にも考えてない……!あ、どっか行くところ?見世物とかやってるかなぁ!?」
辺りを見回してみたが、そこはいつもと変わりない町の様子だ。
何か面白いものがありそうな気配はない。
ど、どうしようか。
せっかく蝶子が来てくれたんだから、私も滞在一週間目のベテランとしてこの町を案内するくらいは……!
「落ち着いて……」
「!え、何っ」
後ろから声がかかって、慌てて振り返る。
すると、蝶子が私の頭をポンポンと抑えるように撫でて、目を細めているところだった。
……笑われてる?
しかもそれが、ものすごく優しい笑み。
「蝶子……」
「何処でもいい……落ち着け……」
「!……そ、そっか!」
なんか、ものすごく喋ってくれる……!
蝶子の落ち着いた笑顔に(私には分かる、これは笑顔だ)、すっかり安心して、肩に入れた力を抜く。
「……あっ、そうだ!あの、この前は本当にごめんね……親御さん、怒ってた?」
ゆっくり頭を振る彼女。
「大丈夫だ……」
小さな声ながらもそう言われて、ホッとする。
「そっか……良かった。本当にどうしようかと思ってたから……」
改めて謝って息を吐き、やっと本格的に落ち着いた。
「じゃあ、今からどうしようか……。……あ、そう言えば、蝶子ってすごく綺麗な字を書くよね。字とかよく書く?」
「……」
コクンと頷く蝶子。
「じゃあ、もしかして本とかもよく読む?」
また頷く蝶子に、私は何故か納得していた。
蝶子に本、似合う。
(最初はそういうの、似合わないって思ってたんだけどなぁ……)
どっちかって言ったら外でバリバリ動いてそうな女だって思ってたくらいだ。
でも今になって思うと、蝶子ぐらい大人しくて字も綺麗な女性は……本とか、すごく似合う気がする。
座って本を読んでるだけでサマになるだろうなぁ……。
「本を読むなら、この町に本屋があるよ。宿屋の女将さんが教えてくれたんだけど、本屋の主人がマニアックな本好きだから、なんか難しいヤツばっかり密かに仕入れてるんだって。俺にはよく分からないけど……」
「……」
じっと私を見つめる蝶子の目。
なんかその目がキラッキラしてる気がする。
「……行く?」
「……(コクコク)」
あんまりにもじっと見つめられたので、思わずドキドキしてしまった。
蝶子は本が好きなだけだ、どこに私がドキドキする必要があるんだ、うん。
しかし蝶子、そんなに本が好きか。
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