BOOK_SB
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宿に戻ると、様子を見に出てきた女将さんに大層驚かれた。
それは濡れに濡れた私を見てのものだったが、次に後ろにいる女の子を見て、今度はその身長や体格に驚いたようだった。
彼女が俯いているので、多分顔までは見えていないだろうと思う。
私は構わず女将さんに沢山の手拭いと浴衣の準備をお願いして部屋に戻った。
「あー濡れた……なんなら、お風呂の用意までしてもらうっていうのもありかも知れないなぁ……。……お風呂、入りたい?」
腕に纏わりついた袖を直す彼女に話しかけたが、簡単に頭を振って断られた。
……女の子だし、入りたがると思ったけれどそうじゃないらしい。
私も男装するようになってからは、なんかもう女の子としての嗜みとか色々、わりとどうでもいいと思うようになってしまった。
それからすぐに女将さんが手拭いと着替えを持ってきてくれて、私だけ別の部屋に移動した。
女の子と同じ部屋で着替えるなんてあさき様がやってはならないし、何より、そのあさき様の正体はただの女の子だ。
女将さんに「お着替えのお手伝いを致しましょうか?」と訊かれたが、勿論断って一人で部屋に入った。
着替えが終わって部屋を出ると、私が泊まっている部屋――今あの女の子が着替えている部屋の前に、女将さんが苦笑いを浮かべて立っていた。
「?どうしたの?」
「いえ、あさき様と中にいらっしゃるお嬢様にお持ちした浴衣ですが……」
「……俺のより、あの子の浴衣の方がサイズ大きかった?」
そう訊くと、女将さんは口元を引きつらせて一層濃く笑った。
そんなことぐらい、私とあの子の身長差を見れば一目瞭然、というのは確かにあるんだけども。
この女将さんは今日私が会いに行く予定だった女の子が、他の遊びの女とは違う、いわゆるマジの女だと勘違いしていた節がある。
今朝だって寝支度には枕を一つ増やすとか言っていたくらいだ。
その分、彼女を目にした時のショックが大きかったのだろうが、有体(ありてい)に言ってしまえば、勝手な勘違いであって、大きなショックもお門違いであって。
「それより女将さん、彼女と俺の分、温かいお茶をお願いしますね」
にっこりと笑うと、彼女は気まずそうに笑いながら「失礼します……」とその場を後にした。
部屋の前で待っていると、すぐに襖が開いた。
中には浴衣に着替えた彼女がいて、私は「災難だったね」と苦く笑う。
「まさか雨が降るなんて……まず、きみが来てくれたことに驚いたけど」
まだ湿っている前髪の下でこちらを見遣る目に、私は微笑みを返しながら畳の上に胡坐をかいた。
「きみは濡れちゃって嫌だったかも知れないけど……その……俺は嬉しかったよ……ありがとう」
ちょっと照れくさいながらも思いきってそう言うと、彼女は私を見下ろしてパチパチと瞬きをした後で、隣に大人しく正座をして座った。
「……崩してもいいよ?」
そう言ったが、彼女は綺麗に正座したままだ。
ただでさえ大きな身長差が、胡坐と正座ではもっと強調されてしまう。
それでは私の方が情けなさすぎるだろうと思った結果、私もいそいそと正座に変えて座った。
こちらを見る彼女には、曖昧な笑顔を返す。
「俺もたまには、シャキッと正座してみてもいいかなって……」
「……」
おどけてそう言ってみても、彼女が何かを喋る気配はやっぱりなかった。
しかし彼女はふいとそっぽを向いたかと思うと、近くに置いてあった大きな箱を取って、私の前に置いた。
彼女が待ち合わせの時から両腕に抱えていた包みと同じ大きさに見えるので、あの包みの中身がコレ、ということだろう。
「……重箱」
一段しかないが、見た目がそうだ。
彼女が重箱の蓋を開けると、中には大きくて綺麗な紙が敷いてあって、そしてそこに沢山のお菓子が入っていた。
「これって……ボーロ?」
コクンと頷く女の子。
箱に詰まったボーロは程よく焼き色がついていて、形も綺麗だ。
「すごい、美味しそう……!これ、どこの店のボーロ?」
あまりにも美味しそうなのでそう訊いたが、私はすぐにあることに気が付いた。
このボーロが、店で買うような箱ではなく、一般家庭の持ち物みたく、重箱に入っているということ。
これって、もしかして。
「……手作り?……きみの」
すると、コクンと頷きを返してくれた彼女。
つまり、この子がこれを作ったと?
……すごい。
「す、すごい……!こんな綺麗に作れるなんて……!」
その辺のお店で売られていそうなくらい綺麗だ。
というかコレ、もしかして、私のため?
私のために作って来てくれたっていう、そういうの?
「これ……俺が食べてもいいの?」
「……」
無表情だが、また頷いてくれることに嬉しくなる。
や、やばい、手作りのお菓子ってこんなにも嬉しいものなのか。
これはちょっと、男の気持ちがものすごく分かる気がする……!
「ありがとう、すっごく嬉しい……!」
お言葉……というか、頷きに甘えて箱の中のボーロを一つ取り、一口サイズのそれを口に含んだ。
一度咀嚼すればカリッと軽く割れて、そして程よい甘さで溶けていく。
あまりの美味しさに、思わず頬を押さえた。
「美味しい……!」
少し甘さ控えめだが、それは多分、彼女が私を男だと思っての加減なのだろう。
それが何とも嬉しくて、幸せな気分になる。
「すっごい美味しいよ!こんなの作れるなんてすごい……!」
思わず興奮してしまいながら女の子の方を見る。
しかし、私のバタバタとした動きはそこで一時停止した。
何故かと言えば、彼女が、ボーロを食べた私を、思いっきり目を見開いて見ていたからだ。
「?……どうしたの?」
「……っ」
「……あ、もしかして、やっぱり食べちゃ駄目なヤツだった?俺が勘違いして食べちゃったとか……!?」
ど、どうしよう。
さっきこの子が頷いたもんだから、てっきり“食べてもいい”のサインだと……!
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