BOOK_DUNST

□後
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目が覚めると、硬くて冷たい床に、壁に寄りかかるように横たわっていた。

体のあちこちが少しだけ痛む。

どうやら、まだ学園の校舎内にいるようだった。

見覚えのある天井、床、壁だ。

ぼんやりしながら視線を横にやると、左に雷蔵くんが眠るように横たわっている。

右には、私の肩に腕を回したまま、壁に倒れ込むように蹲っている三郎くんがいる。

三郎くんが、私と雷蔵くんをここまで引きずってきたらしい、

そんな光景だった。

ゆっくりと体を起こすと、ここはあの大鏡からそんなに離れていない廊下だということに気付く。


(三郎くん……)


三郎くんは、雷蔵くんと同じいつものあの顔ではなく、大鏡の奥の部屋で見た顔をしていた。

髪も、あのサラサラとした長いものだ。


一応、助かったらしい。

二人ともちゃんと息をしているし、私だって平気だ。


気が抜けて息をついていると、右で三郎くんがモゾモゾと動いた。


「う……」

「三郎くん……」


三郎くんが私を見て、それから雷蔵くんを見て、ホッとしたように目を細めた。


「大丈夫そう……だな」

「三郎くん、ありがとう……」

「なあに、こっちこそ」


三郎くんは静かに私に腕を伸ばして、ギュッと抱きしめる。


「巻き込んですまない……。私と雷蔵を助けてくれて、礼を言うよ」

「私は、そんな……」

「また助けられたんだ……本当に、どうやって礼をすればいいか分からないな」

「“また”……?」


首を傾げる私の左で、雷蔵くんが小さく唸った。

そしてゆっくりと起き上がる。


「あれ、いろはちゃん……?三郎は?」

「あ……」


今、私のそばにいるのはいつもの三郎くんじゃない。

きっと分からないだろうと思っていると、雷蔵くんが私の後ろを見て「ああ、三郎」と言った。

振り返れば、そこにはもういつも通り、雷蔵くんと同じ顔をした三郎くんがいた。


(いつの間に……)


呆気にとられる私をよそに、雷蔵くんが座り込んで辺りを見回す。


「なんでこんなところにいたんだっけ……。確か、いろはちゃんと一緒に三郎を捜してて、それで……」

「私が見つかって、雷蔵にこってり絞られる。そういうことだろ」

「そ、そうじゃなくて!いつ三郎を見つけたんだっけ?そもそも、なんでこんなところで居眠りなんか……」

「それより雷蔵、喉の調子はどうだ?」

「え?」


雷蔵くんが喉に手をやって、不思議そうな顔をする。


「あれ……ちっとも痛くない。なんか、今までよりずっと、調子がいいかも……」

「そうか、それは良かった」


そう言った三郎くんは、とても穏やかな表情をしていた。















翌日は雨だった。

傘をさして学園に登校してくる生徒たち。

八左ヱ門くんの騒ぎもそろそろ落ち着いてくるかという頃、校舎の一郭で、また違う騒ぎが起こっていた。

学園内に点在する大鏡のうちの一つ。

ポツリと存在する一枚のそれに大きな亀裂が入り、まるで生きているかのように血を流した痕が残っていた。

そして、「痛い痛い痛い痛い痛い」と書かれているのが発見され、生徒たちの間で騒がれることとなった。


その様子を何となく見にいった私は、赤い文字が何度も書きなぐられているのをみて、あの動物の写真のことを思い出す。

思わず一歩後ずさる私の横で、三郎くんが赤い鏡をジッと見つめていた。

けれど私の視線に気付くと、飄々とした様子で軽く微笑む。


「どうかしたか?……ああ、怖いのか。そりゃあ女の子だものなぁ」

「う、うん……」


確かに周りの女子もキャー、と怯えたように声を上げているけれど、あの写真を靴箱に詰め込まれた私には、そんな彼女たちよりも実質的な恐怖が迫っているような気がした。

命の危険、のような。

思わず目を伏せる私に、三郎くんが笑った。


「はは、怖がっちゃってぇ!隣にこんな頼もしい男がいるのに何を怯えてるんだよ」

「わっ!?」


ガバリと抱きつかれて声を上げると、そばに立っていた雷蔵くんもギョッとした。


「ちょっ、三郎!いろはちゃんに何して……!」

「いいだろう?いろはが怖いっていうもんだから……」

「“いろは”って……なんだか、三郎がそんなふうに他の人とじゃれてるの、珍しいね」


目を丸くした雷蔵くんが、鏡の方を見遣って顔を顰める。


「……まさか、あの趣味の悪いいたずら、三郎の仕業じゃないよね……?」

「疑うなよ雷蔵!私は人を驚かせるのが好きであって、怖がらせるのは趣味じゃない」

「そっちの趣味もできればやめてほしいんだけどな……」


頭を抱える雷蔵くんに、ふふっと笑った三郎くんがますます私にのしかかってきた。





*了*





アトガキ



何が怖くて何が怖くないのか分からなくなってきています。
こういうのは怪異の正体が分からないから怖いのであって、正体が分かっていると全く怖くならないんですよね……。
もう何も怖くない!(涙目)




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