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01・理性崩壊





「今日の実技は棒術の訓練を行う!まずは準備運動で校庭10周から……始め!」


実技の先生の号令で、六年い組の忍たまたちが走り出した。

校庭を走る六年生い組の生徒たち。

最初はみんなまとまって走っていたが、それぞれが走る速度は特に決められていない。

自分の好きな速度で走っていいので、少しずつ走る距離に差が開いていく。


そんな中、一人で早々に校庭を10周し終わった忍たま――奥山あさきは、校庭の隅に座り込み、まだ走っているクラスメートたちをぼんやりと眺めていた。

その後ろから、次に走り終わった仙蔵が息を整えながら歩いてくる。


「奥山……お前は相変わらず速いな……あの速度は異常だぞ。あれだけ走っても息ひとつ乱れないとは……」


後ろから話しかけられ、あさきは校庭の方を眺めながら答える。


「ん?息なら乱れたけど……マイペースに走ってただけだよ。立花も速いね」

「私は……」


校庭を眺めるあさきの背中を見つめて、仙蔵は口ごもった。


(お前を追いかけていたらこうなった……などと、口が裂けても言えん……)


あさきは走るのが速い。

本人はひたすら無心で走っていたらそうなったらしいが、とにかく速い。


この後には棒術の訓練が控えている。

このランニングはただの準備運動にすぎないのだが、それにしてはやりすぎな速さだった。

他の忍たまたちはペース配分を考えてゆっくり走っている。

あさきはこんなことで体力がもつのか、なんて考えたが、仙蔵は前々からそれが無駄な心配であることを知っている。


(この後の棒術も、お前は何食わぬ顔でこなしてしまうのだろうな……)


それも、会心の出来で。


何の苦も見せない表情で何でもこなしてしまうあさき。

今では嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい。

むしろ尊敬しているぐらいだ。


さっきの全力疾走で乱れた息を整えながら、目の前に座る背中を見下ろした。

まだ息苦しくても、その背中を見つめることで自然と心が満たされていく。

その感覚に、仙蔵はそっと頬を緩めた。


(あさき……)


「……なー、立花」

「!?なっ……何だ、っ……奥山!?」


まるで心の声に応えるかのように呼ばれて、仙蔵は慌てふためいた。

普通に名前を呼んでしまいそうになったが、なんとか苗字で呼ぶことができた。


(心の中ではいつも“あさき”と呼んでいるなどとバレたらどうなるか……!)


あさきはどうもならないだろうが、仙蔵がどうにかなってしまう。

バクバクと心臓がうるさい胸を押さえる仙蔵をよそに、あさきは相変わらずぼんやりしていた。


「立花ってさ……潮江文次郎と同室だったよな?」

「文次郎?ああ、そうだが……文次郎がどうした?」


仙蔵は冷静を装いながら訊いた。

授業とは関係ない、部屋なんかの事情を知っていてくれたことが嬉しくてどうにかなってしまいそうだ。

けれど、そう言えばあさきも他の生徒と相部屋なんだなということを思い出すと、何故自分があさきと同室ではなかったのかと、同室のその忍たまに嫉妬してしまいそうだった。


そして、あさきは何故こんなときに文次郎の名前を出してくるのかと思って顔を顰めていると、あさきは校庭を眺めながら呟いた。


「俺……潮江を抱いてみたい……」

「……はッ!?」


思わぬ激白に反応が遅れた。


「なッ、何……!?」

「潮江文次郎をさ、犯してみたいと思う……」


(犯すのか……)


同意の上で抱くのではなく、無理矢理犯す方向でいきたいらしい。

仙蔵は更なる爆弾発言に気が遠くなったが、なんとか持ちこたえた。


「しょ、正気か……?」

「何て言うかさ、男を抱いてみたいと思って」


あさきは、校庭で走る忍たまたちを――その中の文次郎の姿を眺めながら続ける。


「俺、ありがたいことに女は抱いたことがあって……色々経験できたつもり」


仙蔵はあさきの背中を眺めながら考えた。


(まあ……そうだろうな。あさきはくのたまからも人気がある……)


容姿も悪くない。


あさきが続ける。


「で、女の子でこれだけ経験したら、次は男も経験しといた方がいいかなと思って……」

「……」


そこで性別を超えた別項目に移行する意味が分からない。

ちょっと熟女に挑戦してみるとか、性格に難のある女に挑戦してみるとかならともかく、何故女の枠を超えて男の方に手を伸ばすのだろう。

仙蔵は内心で呆れていたが、あくまで冷静を装った。


「それで……何故相手が文次郎になるんだ?」

「だって潮江って、いかにも男って感じだろ?どうせなら、めちゃくちゃ男らしい奴をガチムチに犯してやりたいと思って……」

「……」


呆れるのを通り越してドン引きしたが、反論はできなかった。

あさきの考えていることは理解できないが、仙蔵はあさきのことが少なからず好きなのだ。

否定などできなかった。


「……あ、ごめん。引いた?」

「いっ、いや!……だが……」

「まあ、引くのが当たり前なんだけどさ。……でも、面白そうだしやっぱり犯したいなーって」

「……」


仙蔵の意思はどっちにしろ関係ないらしい。


「そう思ってずっと潮江を観察してたらさ、寝不足だし不健康そうな血色してるけど、顔は悪くないんだなーって……あと、いいケツしてる。結構いい声で鳴くんじゃないかとか、反応とか面白いんじゃないかとか、色々考えちゃって……」

「……考えたくない」

「そっか、同室だもんな」


吐きそうになりながらげんなりした声を出すと、あさきは少し笑ったようだった。

そしてやっとこちらを振り向き、仙蔵を見上げて、


「あ、俺が潮江を抱きたいとか思ってるの……内緒な?」


悪戯っぽく笑って口許に人差し指を当てる姿は、目眩がするほど艶めいて見えた。

仙蔵は熱くなっていく顔をどうにもできず、無言で頷いた。





*了*
(潮江文次郎をさ犯してみたいと思う 真っ白に酷く穢されてキレイ)





アトガキ


鏡音リンの炉心融解から。





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