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□お弁当。
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『お弁当』









 昼休み、満たされたお腹に大満足顔の唯が机でゴロゴロしているところに「おーっす」と律がやってきた。


「あ、りっちゃーん!いらしゃーい」


 ぺったりと机に寝そべったまま、唯がひらひらと手をあげる。今にも閉じてしまいそうな目からすると、きっと誰も声をかけなかったら確実に寝ていたに違いない。


「遊びに来たぞー。つーかこの時間はいつもゴロゴロしてんなぁ」
「えへへーだってお腹いっぱいで眠いんだもん」


 でへっと笑う顔は子供のように無邪気である。甘いものにもお菓子にも釣られるこの大きなコドモ。よくぞここまで誘拐されずにすんだものだ。きっと憂の涙ぐましい努力があったのだろう。


「…りっちゃん、どうかした?」

「いんや、できた妹を持って良かったなと思ってな」

「え?あ、憂?そうなんだよぅ!お弁当超おいしくてね、お昼休みはいつも幸せな気持ちになるんだよー」

「唯、顔だらしない。んでも、あんな妹いたらいいよなぁ」


 「でしょぉ?」と自分のことのように妹を自慢する姉。自信まんまんに、鼻を「ふふん」と広げて。色々とつっこみたい所満載だが、唯が相手では勝ち目はない。

 たしかに姉妹の仲は良すぎるほど良い。両親はラブラブすぎて常に出掛けているという。何度か家に遊びに行ったが、まだ唯の両親を見たことがないほどである。


「でねでねっ、昨日憂ったらね…」


 妹自慢にスイッチが入った唯の話を聞き流しながら、律はふと想像してみた。


 広い家に二人っきり。
 お互い寄り添うように生活をする幼い姉妹。


 寂しくはなかったのだろうか。二人でいるとはいえ、両親のいない二人だけの留守番は。


 泣くことはなかったのだろうか。
 寂しいと、両親に会いたいと。


 いや、唯の事だから寂しくないといいそうだ。あれだけ仲が良い姉妹なのだから。


 律は聞いてみた。


「なぁ、唯。寂しくなかったか?」

「ふぇ?なにが?」


 嬉々として妹自慢に盛り上がっていた唯が、きょとんと顔をあげた。


「いや、ちっちゃい頃から親とか出掛けがちだったんだろ?」


 二人だけで、寂しくなかったのかよ?と律が首をかしげる。唯も同じように首をかしげた。しばらくそのままでいると、唯がようやく律が何を聞いているのかに気付く。
 ぴょっこりと姿勢を戻して、けれどなぜ律が急にそんなことを聞いてきたのか分からない表情をしながらも、「寂しくないよ?って言ったら嘘になるかな」と答えた。

 律は少し驚いた。思っていたのと逆の答えが帰ってきたからだ。


「そうなんだ、あたしはてっきり二人でいるから寂しくないとか言うのかと思ってたよ」

「まぁ、それもそうだけど。けどやっぱり寂しかったよ。二人で泣いたりもしたし、喧嘩したりしたし」

「へぇ」


 昔を思い出すように、唯は視線をあげる。きっと幼い頃を思い出しているのだろう。その目はひどく優しくて。


「小さい頃は憂も泣き虫でさ、よく泣いていたし、わたしの後ろばかりついてきてたんだ」


 ふふっと笑って唯が言う。律の脳裏にも、姉の服の裾をしっかりと握って歩く妹の姿が浮かんだ。


「憂ちゃんが?うわ、かわいいなぁそれ。じゃーちっちゃい頃は唯もまだお姉ちゃんらしかったんだ?」

「む。なにその、今はお姉ちゃんらしくないとでも言うような言い方は」

「あたし、間違ってるか?」

「いいえ、正しいデス!」


 まぁ、とにかく。と唯がわざとらしく咳をして。


「寂しかったりしたけど、そのうち慣れちゃったんだよね。もう泣いてもしょうがないって分かったの。それからは二人で平気になっちゃったんだ。憂もわたしよりしっかり者になったし。近所にはいつも助けてくれたおばぁちゃんもいたしね」

「慣れちゃったかぁ…たくましいなぁ」


 律の言葉に唯がまた「へへん」と得意気に胸を張った。
 「いや、そこは照れるか謙虚になるところじゃ…」と喉まででかかったが、唯の笑顔を見るとなんでもよくなってしまった。


 人間は慣れる生き物だと、どこかで聞いた。寂しかったり、辛かったりしても、その中で幸せを見つけることができれば生きていくことができる。

 唯たち姉妹は二人でいたから寂しさに慣れ、二人でいることで幸せを見つけることができたのだろう。

 他人からみれば特殊な家庭であっても、二人からすればそれが普通なのだ。



「けど、なんでりっちゃん急にこんなこと聞いたの?」


 改めて唯が聞いてきた。「それは」と言いかけて、はて、なんでだっけと律は頭をかく。そもそもなんでこんな会話の流れになったのか。
 少し考えたあと、結局律は


「えーと、なんとなく?」


 と、答えた。これが澪あたりだったら「なんだそれは!!」と怒鳴られたかもしれないが、唯は「ふーん」と気にすることはなかった。




ーーー…キーンコーンカーンコーン…




「やべ!じゃーな、唯!!」

「あ、うん!放課後ね」


 予鈴が鳴り、律は慌てて自分のクラスに戻った。




――――――
―――
――



 
 授業中、退屈さにあくびを噛み殺しながら、昼休みの事を思い出す。

 結局唯の話しを聞いて終わってしまった。もっと聞きたい事や話したい事があったはずなのに。

 けれど、だったらなにが聞きたかったのかと考えると思い浮かぶものがない。

ヒマだったから、というのが一番の理由だが、それにしたって最近よく遊びに行っているような気がする。


「……?」


律は自分の行動に疑問を覚えつつ、しかし面倒なのでさっさと考える事を放棄することにした。





…実のところ、律の「聞きたい事」は「唯のこと」であり。
「話したい事」は「唯と話せればなんでもいい」 のである。

 目的はきっちり達成しているが、律自身がその事に気づいていないので、「この満足感はなんなのさ?」と頭をかしげることになってしまうのだ。



「やっぱ単に暇なんだったんだ」



そうに違いないと言い聞かる律。本当の感情に気づいたとき、いったいどんな反応をするのか。


 自分がそんな爆弾を胸に抱えているなどつゆほど知らず、そしてやっぱり明日も唯のところに遊びに行く律なのであった。






END

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