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□合宿!(未完)
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「海だぁ!!いっちばんのっりぃーー!!」

「あ、りっちゃんずるーい!!待って〜!!」



 雲ひとつなく広がる青空。穏やかに凪ぐ波。優しく頬を撫でる海風がまるで自分たちを歓迎しているようで、軽音部一行は荷物を置くと早速海へと飛び出した。
 夏と言えば海、ということで皆で遊びに来たわけではない(約二名例外はあるようだが)。夏休み明けにある学園祭ライブに向け、軽音部は紬の家が持つ別荘へ強化合宿へとやってきたのである。
 「遊びに来たわけじゃないんだぞ」と一人ぶちぶち文句を言う澪も、しかしひとりは寂しいためしぶしぶ皆の後へ続く。その隣で、澪の気持ちも唯たちの気持ちも分かる紬は、澪に同情しつつ、とりあえずここは唯たちと一緒に行こうとなだめた。


「みおー!ムギー!うひょーぅ!!」

「早く早くーー!気持ちいいよーー!!」

「…ったく、あいつらは遊ぶ事しか頭にないのか」


 早くも海に入ってはしゃぐお子様たちに、不機嫌に眉間にシワを寄せる澪。そんな三人を見て、紬は眩しげに目を細めて微笑んだ。

 天気も快晴、風も穏やかと、まさに合宿するにはうってつけの日和であった。







【合宿】〜動き始める、夏〜







「一番はしゃいでたのは澪じゃねーか」

「なっ!!そんなことはない!律だってはしゃいでたろ!!」

「澪に比べたらワタシなんてとてもとても」

「はしゃいでなーーい!!」



 海から上がってきてシャワーを浴びたあと、ようやく一同は練習するべくスタジオに集まった。
 スタジオはほどよい広さがあり、掃除も行き届いていて使い勝手も良さそうだ。「一番小さな別荘」と紬は言うが、この広さと設備の良さを見ると、紬の家がいかにお金持ちなのかを実感する。実際、唯の家よりもこの別荘のほうが広かった。いいなぁと思いつつ、だからとて実家が嫌だというわけではもちろんない。それはそれ、これはこれである。

 ぼんやりとそんなことを考えていた唯の隣で、紬がくすくすと笑った。


「ふふふ、澪ちゃんもりっちゃんも楽しそうね」

「あはは、本当だね。でも海、楽しかったね」

「そうね、明日も空いた時間に入りに行こっか」


 優しい声音で答える紬を見て、唯は自然に笑顔になった。
 唯は紬の声も笑顔も大好きだった。合宿の目的はもちろん第一に練習だが、遊ぶことも食べることも楽しみで、なによりみんなと数日間泊りがけで一緒にいられることが嬉しくて。そして、こうして紬の笑顔と一緒にいられることがとても嬉しかった。
 そう言えばなんでだろう、と唯は首をかしげた。澪や律ももちろん大好きである。けれど、不思議と紬は特別だった。和もさわ子も憂もお父さんもお母さんも、同じ好きでもどれも違う。
 具体的に、何がどう違うのか。それを考える前に澪の声が聞こえた。ようやく律との掛け合いが終わったらしい。「休憩したい」とか「お腹すいた」とか言っていた律も、澪にはっぱをかけられて異様にやる気に満ちている。


「よし、じゃー始めるぞ! 唯、どこまでできるんだ?」

「うーんと、一通り練習はしてきたよ」

「そうか、じゃー軽く『翼をください』あたりから流して、大丈夫そうであれば学園祭のナンバーの練習をしよう」

「よっしゃー!いくぞーー!!」


 律のスティックがリズムを刻み、それぞれが一斉に音を奏でる。出だしは順調。唯も最初こそ戸惑った様子を見せたが、曲が進むにつれて調子を上げていった。
 この曲は唯と紬、澪と律のパートで歌う。流す程度のはずが、紬と声を合わせているうちに気持ちよくなって熱が入って。それが皆に伝染してスタートからずいぶんと盛り上がってしまった。サビで紬と目が合った。笑顔を返されて、嬉しさに唯は満面の笑みで返事をした。

 「いい感じだ!」と澪が感心するまま、練習は一気に加速する。気づけば外は真っ暗。熱中するあまり、時間を忘れて演奏していたようだ。
 今日の練習はお開きとして、一同は少し遅めの夕食をとることにした。





* * *





「いやー働いたあとの風呂はサイコーだなぁ」



 食事が終わると一同は別荘の露天風呂へ。別荘に露天風呂が付いているあたり、どんだけなんだよと庶民3人は思ったものの、今更なので誰も口には出さなかった。先の食事も紬曰く、「簡単なものしかないけど」と言いながら出されたバーベキューのその素材の豪華さに腰を抜かしかけたところだ。せっかくの好意なので甘えることにはしているが、あとでお礼しなきゃならないな、と律は岩に背中をもたれて大きくため息をもらす。


「りっちゃんお父さんみたい」


 隣にいた唯がおかしそうに笑っていた。髪の毛を上げているのを見ると、本当に妹の憂とそっくりだった。


「なーにおぅ、風呂に入ったらため息が出るのは仕方ないことだろー?」

「それはそうだけど、そこじゃなくて、頭だよぅ」

「頭? あぁ、タオルなー」


 ぺたりと手を頭に乗せる。律は頭にタオルを乗せていた。家の風呂ではしないのだが、何故かこういう大きな風呂にくるとのせてしまう。テレビの影響かなんだかわからないが不思議である。
 冗談で「かっこいいだろー」と言うと、「わたしもやるー」と唯が同じように自分の頭にタオルを置いた。タオルをのせると嬉しそうに「似合う?」と聞いてきて。こいつ馬鹿だなぁーとか何が面白いんだとか、けどしょうがなく可愛いなぁと思いながら、「あー似合う似合う。こんだけ似合うやつはいねーよ」と言ってやった。

 えへへーと唯はだらしない笑顔を浮かべると、「みおちゃーん、ムギちゃーん」と体を洗っている二人のところへ泳いでいった。歓声があがり、風呂場がまたいっそう賑やかになった。

 賑やかに騒ぐ三人を見て(唯と紬からバストサイズでいじられている澪を見て)笑う一方、律は数刻前のことを思い出す。まさかあそこまで唯が演奏できるとはねぇ。
 きっとずいぶん練習したのだろう。先ほどちらりと唯の指先をみたが、数ヶ月前よりもずっと固くなっている様子だった。熱中すると他のものが見えなくなってしまうらしいが、テスト勉強そっちのけでコードマスターしたと聞いて驚いたことも記憶に新しい。ただその集中力が一方通行であり、結局追試の勉強でせっかく覚えたコードを見事に忘れてしまったのだから残念で仕方ない。
 コードは一度覚えたものだから覚えなおすのにさほど時間はかからなかったもの、そこから一気に新曲まで弾きこなしてしまうあたり、やはり唯の能力は未知数で予測ができない。

 「あーいうのが‘天才’っていうのか?」とちらりと思ったが、それはないと即座に打ち消す。あれは感性と直感で生きているんんだ。そんな言葉でなんかきっとくくれない。唯の能力については考えないに越した事はないのだ。これまでも、いまも、これからも。


「りっちゃんりっちゃん」

「あん?どーしたー?」


 いつの間にもどってきたのか、頭にタオルをのせたままの唯が言った。


「音楽って、いいね。わたし、軽音部に入ってよかった。みんなと出会えてよかった」

「……そうだな」


 茶化すわけでもなく、照れるわけでもなく、律は答えた。純粋に嬉しかった。なんだかんだ言っているものの、律も唯が入ってきてくれて一緒に音楽をはじめてくれて嬉しかった。そして、同時に気づいた。
 
 語るその輪郭が、普段は隠れているうなじが、うっとりとした表情が、月の光りと湯気で別人のように目に映るから。



 ……あぁ、普段へにゃへにゃしてるけど、こうしてみると美人なんだな、唯って。



 なんて、口には出さなかったけど。




 その後、唯が同じようなことを澪に言って澪が照れて溺れそうになったり、紬が唯と律の頭にのせてるタオルを見て目を輝かせてマネをしたり(もれなく澪も頭にのせることに)、ひと騒ぎすると上がる頃にはすっかりみんなのぼせてしまっていた。






つづく

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