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□傘、あいあい。
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「あ、ムギちゃん」
商店街の一角で雨宿りしていたら、名前を呼ばれて。
誰かと振り向くと、ビニール傘を持った唯が立っていた。
「あ、唯ちゃん。お買い物?」
「うん、牛乳を買いに。ムギちゃんは?」
「本屋さんに寄り道してたら降ってきちゃって。傘、学校に忘れてきて、雨宿りしてたの」
少し待てば晴れるかなと思っていたけど、雨は次第に強くなってきて。車を呼ぼうか走って帰るか迷っているときに、ちょうど唯が通りかかった。
それから暫らく二人で話しをしていたものの、雨は一向に止む気配がない。
「止まないね、雨」
「うん」
空を仰ぐと、どんより重い雲がまるで空に蓋をするように覆っていて、息が詰まりそうになる。
車を呼ぼうかとちらりと思ったけど、ここから駅まで走ればすぐの距離だったから。
やっぱり駅までなら走って行こうかと考えたとき、唯が言った。
「ねぇ、ムギちゃん。駅まで行くの?車呼ぶ?」
「え?うーん、もう駅まで走ろうかな」
そう答えると、唯は「じゃー送ってあげるよ」とにっこりと傘を取り上げた。
「えぇ?そんな、悪いわ唯ちゃん。走ればすぐだし」
「いいよいいよ、濡れちゃうじゃん。さ、行こう?」
遠慮するも、唯の好意の塊のような笑顔を見て、断るに断れず。結局「じゃ、お邪魔します」と甘えることにした。
パン!と唯が傘を広げて、中へと招き入れる。少し小さな傘は二人で使うとより狭く、肩と肩がぴったりとくっついて。「狭いね」って二人で笑ってしまった。
そういえばこんな風にして帰るのも随分久しぶりなような気がする。少しワクワクして、ドキドキした。
家までの帰り道、他愛もない話がやけに楽しかった。
「牛乳はなににつかうの?」
「んーと、憂がケーキつくるのと、わたしがコーヒー牛乳飲みたくて」
「憂ちゃんのケーキ、美味しいわよね」
「ムギちゃんのケーキも美味しいよー」
――――
――
「そういえば、今練習してる曲、なかなか難しくて」
「えぇ?めちゃくちゃ弾けてるじゃん!わたしなんかついてくのだけで精一杯」
「唯ちゃんこそうまく弾けてるように見えるけどな」
――――
――
「あ!にゃんこ!」
「え?!どこどこ?」
「ほら、あそこに。車の下」
「…あ、ホントだ。雨宿りしてるね」
―――――
――――
―…
「ありがとう唯ちゃん。おかげで帰り道、すごく楽しかったぁ」
気づくともう駅の前だった。濡れないように駅の屋根の下に立つ。
「わたしも楽しかった!電車は…ちょうど来るとこか。じゃ、また明日ね」
「うん、本当にありがとう!帰り気をつけてね」
手を振って、来た道を返す唯の背中を見送る。
てさげの袋を振って、鼻唄を歌いながら。
流れてくる懐かしい童謡が唯らしくて可愛かった。
ふとその肩を見て気づく。
……あ、肩が…。
よく見ると、唯の右肩がしたしたと濡れていた。
ずっと傘からはみ出ていたのか、自分の肩を触ると少しも濡れてはいなくて
…唯ちゃん…
電車の時間が迫るまで、その後姿を見つめていた。
―――――
―――
―
電車の中、流れる景色のその向こうを、ぼんやりと見る。
無意識のうち、唯が歌っていたあの童謡を小さく小さく口ずさんでいて。
……肩、冷たかっただろうな…
さっきまで唯に触れていた右の肩が、いつまでも温かく感じた。
『傘、あいあい』
(温かい肩と冷たい肩。さりげない優しさが、わけもなく嬉しい)
end
男前唯登場。w