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□わたあめとベスト。
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 なんで昨日夜更かししちゃったんだろう、とか
 (いやー、ギターの練習に熱がはいっちゃったんだよね)

 なんで憂に起こされたときに、ちゃんと起きてなかったんだろう、とか
 (まぁ、これは毎日のことだけど)



 最初こそそんなことをぐるぐる考えていたのに、だんだん早く学校に着くことしか頭になくなってきて。

 途中、いつもお世話になっているおばあちゃんに挨拶もそこそこ、踏み切りが上がりきるのがもどかしくて、通学路が殊更長く感じて少し恨めしかった。

 車の水しぶきをかろうじて避けながら、ついに校舎が見えた時は、「もーすぐだよギー太!」と、胸に抱いたギターに声をかけていた。


 そういえば、昨日テレビで梅雨入りとか言ってたっけ。


 校舎を目の前に、ぼんやりと思い出す。




―――季節は春と夏の中間。梅雨の時期を迎えていた。







『わたあめとベスト』







「うぃーっす、唯ー!」


 昼休み、賑やかな教室に一際賑やかな声が響く。りっちゃんだ。その後ろにはムギちゃんもニコニコして立っていて、手をふって二人を迎えた、のだけど。

「あ、りっちゃー……!…っ…っへっぷしっ!!」

「ぅおわぁ!飛ばすなよ!…って、風邪か?」

 出会い頭の先制攻撃(くしゃみ)をかろうじて避け、少しぼぅっとしているわたしに気づくと、りっちゃんが「熱あるのか?」と聞いてきた。ムギちゃんも「大丈夫?」と少し眉をひそめて言う。

「いや、大丈夫。風邪じゃないんだけど…っくしゅん!!…ぅへぁ…」

「あぁ、ごめんね二人共。ほら唯、鼻出てる」

 慣れた手つきで鼻を拭かれる。
「真鍋さんまで憂ちゃん化してるのか…」

 丸めたティッシュをさりげなくポケットに入れる和ちゃんを見て、りっちゃんが呟く。その呟きに答えるように、和ちゃんは苦笑してみせた。

「ありがとう、和ちゃん。へへ、今朝、急に雨降ってきたでしょ?あたし傘忘れてきてね、途中からダッシュしてきたんだ」

少しスッキリした鼻をスンと鳴らす。二人の口が「え」という形になった。

「まぁ…あの土砂降りの中を?」

「朝降るって天気予報見てなかったのかよ?」

「この子、昨日遅くまで起きてたみたいで、例のごとく寝坊しちゃったんだって」

 同情するムギちゃんと飽きれるりっちゃんに和ちゃんが説明する。

「なんでも遅くまでギターの練習してたらしいの。憂ちゃんが傘用意してくれていたのに、寝坊して傘もささずに家飛び出してきたら、案の定。シャツはそこまでじゃなかったんだけど、ブレザーが乾かなくって」
 
 やれやれと視線を落とす先には、まだ生乾きのブレザーがイスにかけてある。ぐっちょり、とまではいかないけど、乾くまでにはまだまだ時間が掛かりそう。

 しかも、あんなに土砂降りだったのに今は雨も上がって少し日も出てきている。
 上がるくらいなら降らないで欲しい。なんだか貧乏くじを引いた気分だ。



「ばっかだなぁ唯ぃ。でも練習して寝坊したのであれば、これ以上馬鹿にはできないな。で、どこまで練習したんだ?」

「あ!全コードマスターしたんだよ!今だったらなんでも弾けそうな気分!」

 イェイ!と親指を立ててみせると、二人は「おー!」と拍手をした。
 とはいえ、一度コード覚えたのを、中間テストの猛勉強で綺麗さっぱりすっきり忘れてしまっていたから、覚えたというより思い出したというのか。

「ふふふ、それは頼もしいわね」

「うっし、これでまともに練習できそうだな」

「うん!遅れをとりもどすぞー!」


「「「おーー!!」」」


 見事にハモった掛け声に、クラスの視線が一斉に集まってしまったけど。それが軽音部の面々だと気づくと「またか」と笑って、「相変わらず仲いいね」とか「楽しそうだね」とか声をかけてきてくれて。
 それに答えるりっちゃんも、やっぱりニコニコ笑顔のムギちゃんも、「本当、飽きないよ」と笑っている和ちゃんも。 

 優しい人たちだな、と思う。取り立てて物覚えが悪く、要領も悪いと自他共に自覚しているわたしを、こうしてゆっくりと待ってくれる。
 そんな友人達にごめんと思いながら、感謝の気持ちでいっぱいになった。



 恵まれているな、と思う。
 なんてわたしは幸せなんだろう。



授業が始まる前、「風邪ひいちゃうといけないから」と、ムギちゃんがベストを貸してくれた。わざわざ走って取りに戻ってくれて申し訳なかったけど、雨のせいで少し冷えた体にはとってもありがたかった。


…あれ…あったかくなったら、眠くなってきちゃったかも…


ベストはとてもあたたかくて、ほのかにいい香りもして。まるで優しさに包まれているみたいで心地がいい。

鼻先を、柔らかくて優しい香りがくすぐる。

ほどよく満たされたお腹と午後の授業のまったりした感も手伝ってか、眠気に抗えない。


やっぱり夜更かしがいけなかったなぁ…あぁ、もう起きてらんないや


黒板を叩くチョークのカツカツとした音も。
先生の朗読する声も、教科書のページをめくる音も、外から微かに聞こえる体育の授業の声も。




今のわたしには子守唄代わりに、ゆるやかに眠りの波へと誘うのみだった。
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