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□大きな存在。
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『大きな存在』





 放課後の音楽室はいつも賑やか。


 それは軽音楽部が使用し始めてから輪をかけて賑やかになったと、先生方は言うけど。少なくとも私達にはそう感られなかったりする。

 だってそれが普通になっちゃったから。

 廃部寸前だった軽音部を復活させるべく、別の部に入る予定の私を半ば強引に入部させて。
 最初こそどうなるんだろうと思ったけど、元気と勢いの塊のような部長のりっちゃんや、美人で演奏が上手で恥ずかしがりやな澪ちゃん、甘い物が大好きでギター初心者なのに天才肌な唯ちゃんと一緒の部活動は目まぐるしく楽しい事ばかりで。

 今では入ってよかったと心から思うの。だって私はこんな毎日を求めていたから。



 そんな軽音部が、今日はやけに静か。普段が普段なだけに、なんだか別の部室にいるみたい。



 たまたま一番乗りで部室に来た私が、いつものようにお茶とケーキの準備をしていると、りっちゃんと澪ちゃんがそろってやってきた。


「ムっギーっ!今日のケーキはなんなんだー?」


 私の姿を見つけた瞬間、敬礼のように手を挙げてりっちゃんが言うと


「お前はそれしか頭にないのかっ!」


 それに澪ちゃんがすかさず突っ込みを入れる。


「なんだよ澪。お前だってケーキ食べるんだろ?」
「う、まぁ食べるけど」


 早速始まった二人の漫才は、幼馴染ならではの息のよさを感じて、見ていてまったく飽きがこない。
 羨ましく微笑ましく思いながら私が「今日はミルクレープよ」と答えれば、りっちゃんがガッツポーズをして喜び、澪ちゃんも表情を明るく輝かせた。

 けれどお茶の時間…じゃなくて、部活の時間になっても唯ちゃんが現れない。
 甘い物大好きな唯ちゃんは、いつもホームルームが終わると真っ先に部室に来てケーキをねだるのに…。

 同じようなことを思っているのか、他の2人もなかなかフォークが進まない様子。
 時計を気にしたり、携帯を見たり。心なしか唯ちゃんが気になるみたい。
 

 不思議なもので、それこそ軽音部は当初この3人しかいなくて、この3人だった頃はそれはそれで充分賑やかだと感じていたはずが、唯ちゃんが入ってからというもの、さらに輪をかけて賑やかになった。
 りっちゃんとイタズラばかりして澪ちゃんに叱られて、からかって、それが普通になって。

 今では唯ちゃんがいないとこんなにも静かに感じるくらい。なんて存在感が大きな子なんだろう。


 「…唯、遅いな」


 ぽつりとりっちゃんが言う。フォークを咥えて、テーブルに頬杖をついて。


 「そうだな、居残りでもしてるのかな」


 澪ちゃんも心配そうに時計を見あげている。普段ならお茶の時間を終えて、そろそろ練習している頃だった。


 「きょうは唯ちゃんの好きなクッキーも持ってきたのにね」


 喜ぶ顔が早く見たくて、けれどいつまでたっても来ない唯ちゃんが心配で。脇に置いたクッキーの袋をそっと触れる。

 沈黙を嫌うようにりっちゃんがあれやこれや話すけど、いつも乗っかって引っ掻き回す唯ちゃんがいないから会話も途切れがち。

 4人という少ないメンバーで役割分担が暗黙のうちに出来上がった今、唯ちゃんがいかにこの部のムードメイカーなのかを改めて実感してしまう。


「やっぱりいないと寂しいね、唯ちゃん」



 そう思ってしまう自分にも。



 「練習ははかどるけどな」と苦笑する澪ちゃんでさえ練習を始めようと言わないのは、やはり唯ちゃんを心配してのこと。メールした返事も返ってこないんだもの。


「…じゃー始めようか、唯もそのうち来るだろ」


 待っていても姿を現さない唯ちゃんに、仕方なしという様子で澪ちゃんが練習を促すと、りっちゃんがしぶしぶ返事をした。



 2、3曲一気に流した演奏は、ギターのない、結成当時のような。演奏技術はずいぶん上達した、けど大きななにかが足りない、音。


 ……唯ちゃん…



 手を止めて携帯の画面を開いた時、ちょうとメールが届いた。


 唯ちゃん…!!


 私が「あっ」とメールを開くと、律ちゃんと澪ちゃんも駆け寄って覗き込んできた。




from:唯ちゃん
Re: 唯ちゃんいまどこ?

ごめーん!今ようやくお説教が終わったよぅ!!
沢ちゃん怖かった〜
めちゃくちゃお腹すいた!まだケーキ残ってる?今日のケーキなんだろ〜楽しみだなぁ☆

今すぐ駆けつけます(>口<)!!



「…ふふふ、唯ちゃんらしい」



 気づかないうちに張り詰めていた空気が一気に和らぎ、とたんにみんなの口も饒舌になって。


「…なんだ、沢ちゃんに説教くらってたのかよ」
「唯のやつまで、真面目に部活する気ないのかっ!…はぁ、いつものことか。けどどこかで倒れてるとかでなくて良かった」
「あー唯ならやりかねないもんなぁー。うんうん、無事でなによりだなっ」


 こんなにもみんなから思われている唯ちゃんは本当幸せ者ね。


 あの子の笑顔一つないと、こんなにも軽音部は変わってしまう。
 いないといけないわけではない。ただ、その存在はこんなにも皆の心の支えになっているのかもしれない。


 存在一つ、笑顔ひとつ、言葉一つ。


 それはメンバー一人かけても同じことなのかもしれないけど。



「やっぱ、唯いねーとなんか足りないよなぁ」 



 きっとそういうことなんだろうね。




―――遠くから、ほら、待ちに待ったあの子の足音が




「みんな!おまたせーっ!唯ちゃんとうっじょー!」


「…相変わらず騒がしいな」
「ふふ、お疲れさま、唯ちゃん」
「おっせーよ唯、とっくにお前のケーキ食べちゃったよ」


「うえぇぇぇえ?!そんなぁぁ…ムギちゃぁぁん」



そして、私の胸のなかに柔らかな衝動が飛び込んできた。

どきりと高鳴る鼓動。

その背中をできるだけ優しく抱きしめながら、私は温かな体をそっと堪能した。





 賑やかで楽しくて少し変わった、そんな人達と一緒に過ごしたいといつからか思っていた。



ずっと望んでいた日々が
笑顔の絶えない毎日が


芽生えつつある名前のない感情をも伴って



今、ここにある。









end

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