神喰
□空き缶オブジェ
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「教官がな、いい目をしてるって、新人の事言ってたんだよ」
「へぇ、ずいぶん気に入られたのね、新人くん」
リンドウが新型神機の適合者である新人くんと初めてミッションに行ったあと、私の部屋に来るなりそんなことを言った。ここに来た目的は、もちろん報酬のビール。わたしが飲まずに冷蔵庫に置いてあるのを、まるで自分の物のように勝手に飲んだりして。もう慣れたというのもあるけど、ここまで堂々とされると、怒る気にもならない。
「おまえもさっきちらっと見ただろ?」
プシュっと開けた缶を一度私に掲げてみせて、一気にあおる。掲げてみせたのは、きっと「いただきます」の意味。仕事のあとの一本ってやつかしら。喉を鳴らして飲む姿に、私は呆れながら答えた。
「えぇ、なんだか綺麗な目をした子だったわね」
「綺麗…かどうかは俺はわからんが、うん、まぁ確かに使えそうな奴だな」
「あら、リンドウにしてはずいぶんと評価高い」
ふざけているような言動の多いが、それでも第一部隊のリーダーであるだけに、戦闘中での彼の働きはさすがなものがある。敵だけではなく、仲間のフォローも的確で、そんな中で一人一人の実力を見定めている。
状況と戦力、その働きぶり、長所欠点などを見極め、どの部隊に配属させるか。リンドウなど各部隊リーダーたちは新人の初めてのミッションに同行し、的確にそれを判断するのである。
リンドウの評価は厳しい。その評価は主に上官であるツバキや支部長、各部隊リーダー、それと長い付き合いであるサクヤといった限られたものの耳にしか入ることはない。
そんなリンドウの口から久々の高評価が出た。言い方は適当だけど、これは相当良い。
「ツバキさんが、期待してるのも分かった感じ?」
「そいつぁーまだ分からん。今日のはオウガテイル一匹だしな。ただ……」
「……ただ?」
「あー……なんだ。センスがいいな。引くところと出るところを知ってる。新人にありがちな突っ走るところもないし、アラガミを目の前にしてきちんと覚悟してやがる……ったく、生意気だ」
最後の言葉はもちろんほめ言葉。しかも最大級だ。ソファーにどっかりと座って煙草をくわえるリンドウ。その隣に座り、火をつけてあげると、「わり」と言ってリンドウは大きく煙りを吐いた。
「生意気、ねぇ?」
「あぁ、生意気だ」
少し茶色の入ったその目は、どこか嬉しそうに輝いていて。きっと本人は気づいていないだろうけど、子供のように輝くその様を見て、私も嬉しくなった。そして、リンドウにそこまで言わせる新人くんに早く会いたくなった。
「じゃー新人くんの次のミッション、私、組もうかな」
「あぁ、それがいい。センスは良くても絶対的に経験不足なのは仕方ないからな。頼んだよ、優秀な部下のサクヤくん」
「はいはい、了解しました上官殿」
軽口を言って笑い合うと、リンドウは上から呼び出しを受けて部屋を出ていった。再び静かになった部屋には、リンドウの残した煙草の残り香と、一口だけ残ったビール。その一口をゆっくり飲みながら、あの人の残したものの余韻に浸る。
毎日が命の駆け引き。次から次へと飛び込んでくる新しいミッションをこなしているうちに、あっと言う間に一日なんて終わってしまう。だから、今日と明日の間にある今を、こんな些細な事でも、大事にしたい。あの人との今を。
「……さ、てと」
時間をかけてビールを飲み干し、カウンターに置く。カウンターにはあの人が飲んだ缶を捨てずに積み立ててあって。「これはいったい何の訴えなのかなサクヤくん」と、以前リンドウに言われたことがあったけど、実のところなんとなく捨てられないだけ。好きな人のものは取っておきたい、っていう幼い感情ね。
部屋のターミナルを起動し、新人くんと行うミッションを探す。
「破戒の繭……コクーンメイデンの討伐ね」
後方支援型神機使いとの連携を訓練するには丁度いいミッションだ。あとでリンドウに伝えておこう。
そう思ったついでにと、新人くんのデータを開く。さっきはちらっとしか見てなかったから、リンドウとのミッションの結果も含めて目を通す。
画面に新人くんの画像が、あの緑色の瞳が出た。そして、あれ?と首をかしげ、まじまじと眺め、やがて、あぁ、とひとつ、笑みをこぼす。
「ツバキさんが言うのも、分かる気がするわ」
顔も目の色も骨格も、なにもかも違うのに。新人くんの目は不思議なことに、リンドウのそれとひどく似通うものを感じた。
〈END〉