妄想文・夢
□蓋
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「小十郎」
主が鈴のような声で名を呼ぶ。
まだ男になりきっていない、しかし女でもない中性的な声。
背中がゾクリとする。
かと言って、主に呼ばれて無視するわけにもいかない。
振り返ると、夏の強い、まばゆい光を背に浴びた主・政宗が笑いながら小十郎を見つめている。
日差しによってさらさらの髪は茶色に色素を薄め、暑さのため大きく開けた胸元から覗く白い肌は透き通るようだ。
端正な顔立ちに、ゆらゆらと光を湛える瞳はきらきらと妖しげに光る。
時間が、走馬灯のようにめまぐるしく廻っていた時が、ゆるゆると速度を落とし、止まる。
あぁ・・・美しい・・・そして・・・・
淫らだ。
そう、思ってしまう。
それは不謹慎な想いであろうと分かっている。
しかし、自分の中からそれを消すことはできなかった。
五感を消すことはできないように、五感で感じた感情を消すことはできない。
が、蓋をすることは可能である。
感情を押し殺し、平静を装う。
「どうなさいました?政宗様」
自分の声ではないように感じる。
当然なのかもしれない。
自分を抑えているのだから。
「小十郎」
もう一度鈴が鳴り響く。
それ以上名を呼ばないで欲しいとさえ思う。
耳をふさぎたくなる。
目を閉じたくなる。
そうすれば想いの蓋は閉じたまま、その存在を忘れて生きることができるのに。
「どうしたんだ?」
気持ちとは裏腹に主は小十郎のほうへと歩み寄ってくる。
いつもと様子の違う小十郎に政宗は心配そうな顔をする。
夏だというのに冷や汗が頬や背を伝う。
呼吸が苦しい。
心の臓が痛い。
できることならこの場を逃げ出したいと思う。
けれど、体は金縛りにでもあったようにピクリともうごかない。
そんな体と裏腹に脳はものすごい勢いで回転する。
いつ頃からだったろうか。
こんな想いを抱いたのは。
そんなことを考える。
政宗が幼いころはこんな想いは微塵もなかった。
ただただ、幼い政宗を世話することで精一杯だったように思う。
可愛らしいと思うことはあったが、このような想いなど抱かなかった。
けれど・・・・・・・・・
政宗が赤子から少年になり、少年から青年になろうとしている今、すべてがおかしくなった。
背が伸び、体もしっかりしてきた。
しかし、それらはまだ大人には遠く及ばず、まだ少年のあどけなさが残る。
それらが女のような中性的な印象を与える。
そして、誘うような・・・艶やかな色香が漂う。
女とも男とも、そして子供とも大人でもない存在・・・・
そんな政宗が妖しく輝く瞳をこちらに向けたとき小十郎の中の何かが変わった。
今でもはっきりと思い出せる・・・漆黒の瞳。
「どうした、小十郎。そんなに暑いのか?」
そんな考えが頭の中を巡っている最中に政宗は小十郎の目の前まで歩み寄っていた。
額の汗が、ぽたりと膝に零れた。
あの瞳が、漆黒の瞳が射すくめるように小十郎を見つめる。
あぁ・・・壊れてしまう・・・
「それとも俺が怖いか?」
政宗の手が小十郎の頬に触れて指の腹で汗を拭う。
夏だというのに異様に手が異様に冷たかった。
「それとも・・・」
政宗の瞳が揺れる。
小十郎の首に政宗の腕がまわされる。
政宗の白い首筋が眩しかった。
「俺が欲しいのか?」
そう言って、政宗は漆黒の瞳を細めニタリと笑った。
ああ、壊してしまえ。
なにもかも。
壊してしまえ、めちゃくちゃにしてしまえ。
想いの蓋は音を立てて壊れ-----------
小十郎は理性を失った
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→あとがき