cry of soul 1

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「うまく飼いならしてやるつもりだったがもういいわ」


口から出る言葉はとても汚い言葉


「お前をエクソシストにするわけにはいかないんだ」


彼に向ける視線に拒絶の意をこめる


「殺してやる」


傷つく言葉を受け入れるくらいなら、私が彼を傷つける


今まで築いた関係が壊れる音が聞こえる


アレイスターの私を見る視線に恐怖と殺意が混じりだしたのに気付いて笑いたくなる


(大嫌いよ、)


拘り続けた人間の姿を捨て、エリア−デはアレイスターに拳をふるった




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第34話 げない愛の謳
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「ヤベぇ! クロちゃんさっきオレとバトってへとへとだった」


意識のないイツキを床に横たわらせ、アレイスターを助けに行こうとラビとアレンが駆け出した時だった


「「!!」」


突如床から飛び出してきた蔦や花があっという間にアレン達を絡み取る


これは城に来た時にも見た食人花


城を抜け出す際にかなりの量を燃したはずだったが、まだ残っていたらしい


血の流れる戦いに触発されたのか、花は臨戦態勢状態だ


「花が床をブチ破ってきなさった!?」

「まだあったんか―!!クソ花―!!!」


わじゃわじゃと沸いてくる食人花は城内に瞬く間に広がる


一直線にアレン達に向かっていた花達であったが何かに反応し、くるりと矛先を変更する


その先にあるものにラビ達の背筋に嫌な汗が流れた


「イツキ!!」

「ヤバイ! あいつ今クソ花達にとっちゃごちそうさぁっ!!」


大量出血をしているイツキは食人花にとってご馳走だ


だからといって、このまま下手に撃てばイツキに当たる


「ラビ どーにかして下さいよっ!」

「アホ オレ槌落としちまったさぁっ!」


アレン達が揉めている間も大きな口を開き、食人花はイツキへと向かう


間に合わない、それでもアレン達が叫んだその先に彼女の姿はなかった












「これは食べちゃダメ」


食人花が弾けるように砕かれ、ハラハラと枯れた花びらが散る


「まだ答えを聞いていないの」


エリア−デの右手にはぐったりとしたイツキが相変わらず血を滴らせている


「じーさんの形見がエサが欲しいって騒いでるわ アンタの血肉でもあげてみる?」

「愛してたのに…」


傷ついて涙を隠すこともなく呟かれたその言葉をエリアーデは聞き流す


愛していた、過去形の言葉にまた胸がじくりと痛む


「初めてお前を見たときからずっと、お前に見惚れていた私を…敵ならばどうしてあの時殺さず傍にいたのだ…」

「だから利用したって言ってるでしょ」


抑揚のない声でアレイスターを追い詰める


嫌だ嫌だ、こんな未練たらしい男


ようやっと殺せるのだ、せいせいする


そう念じて声を張り上げる


「やってみたいことがあったのよ そのためにあんたを殺すのを我慢していたの」

「そんなこ、」


突如、グズグズと泣いていたアレイスターの動きが止まる


「お前は…本当にAKUMAだったのだな」

(……そうよ、)


いきなりガラリと変わった声色に諦めを感じた


ゆらりと私を見上げるアレイスターの目つきに理解をする


私の血を舌で拭ったアレイスターの目は鋭いもの


(私と貴方は、相反する生き物)


これが何よりの証拠なのだ


私の血を吸う度に、アレイスターの目に殺意が孕む


気のせいでも何でもなかったのだ


続くであろう言葉に耳を塞ぎたい


こんな目で私を睨むアレイスターを見たくない


私はまだ、彼と


(私は、貴方と)

「私もずっとお前を殺したかった」


決定的な決別の言葉に、エリアーデはそっと目を伏せた
















「I LOVE YOU――!!」

(……なんの、ことだか)



聞こえた言葉の意味がわからないまま、イツキは視線だけで周囲を窺った


ぶらりとAKUMAの腕に掴まったまま、眼下には馬鹿みたいに大きな花がうようよしているし、アレン達の声もそちらから聞こえたと思う


(とりあえずアレン達は放っておいてもいいとして)

「そうら まだあるわよっ!!」


視線を前に見据えれば、クロウリーが此方を睨みつけている


響く爆音はエリアーデの能力なのか、触れるもの全ての水分を奪うソレはなかなか手強そうだ


城のなかの至るところが朽ちて砂へと成り果てる


「エリアーデ お祖父様の花を傷つけた罪は重いぞ」

「フン 発動してハイになっても、みみっちいとこは変わんないんだから この引きこもり」


クロウリーの抑圧的な言葉が放たれる度に、イツキを握るエリアーデの手に少し力が加わる


「こんな花、ホントはどうでもいいくせんじゃないの?」


声が震えているのがわかる


「外界へ行けないのも全部ジジイのせいにしてさ 自分が城を出て傷つくのが怖いだけでしょう」


ジクジクと、彼女の胸の痛みが手に取るようにわかる


「臆病者!お前なんかこの城で朽ち果てんのがお似合いよっ!!」


私も知っている、このやるせない気持ちも、あがけない想いも


諦めたいと思った


失うことを考えるくらいなら、自分で距離を置きたいと思った


それなのに、


どうしてそんな目で彼女を見つめるのか


どうして突き放してあげないのか


共に生きていけやしないと理解したくせに、貴方は彼女をどうしたいのか


そして、


「お前とならそんな生涯を送ることになってもいいと思っていた」


なぜそんな優しい言葉を垣間見せたの?


















「ねえ、話できる?」

「意識を…保つのは、難しい状態なんだけれど」

「それだけ血を流したらそうでしょうね」


AKUMAの姿から人間の姿へ戻ったエリアーデがイツキにそっと笑う


「聞きたいのは、恋の話?」

「…叶わないものだっていうのは、嫌でも理解したわ」


彼女が身体を人間の形へと戻したのは戦う相手がいなくなったからだ


向かってきたクロウリーの水分という水分を奪い、彼女は勝利したのだ


「あたしはAKUMAなのよ」

「…知っているよ」

「近づいた男を殺してしまうの」

「そう…だね、」


目の前に横たわる『近づいた男』を瞳に映しながらエリアーデは問う


「こんなに苦しいものなの?恋って」

「…それが、全てではないけれど」

「結果なんて、わかってたのよ AKUMAとエクソシストなんて、どう考えたって成り立たないわ」

「それでも、恋をした」

「……っ!」


顔を覗き込んできたエリアーデは淡々とした口調とは別に困惑した表情だ


唇をきゅっと噛んだ彼女の瞳はゆらゆらと揺れている


「人間になりたかったんじゃない AKUMAにだって恋の真似事くらいできたわ でも、」

「…………」

「こんな感情、どうして生まれたの?」

「……………」

「叶わないくせに、何のために生まれたの?」

「エリア、デ」


馬鹿みたい、と呻いた彼女の頬に指を伸ばす


泣きそうなのに泣かないのは彼女の意地なのか、AKUMAだからなのか


「まがい物の身体、まがい物の血液、まがい物の想い 貴女から見たら、私は酷く滑稽でしょう?」

「…………」

「なんとか言ってよ 人間のくせに」


触れられることを拒むように指先を払われて、イツキも静かに手を下ろす


「想ってくれる気持ちに、向き合えずに逃げた臆病者」

「…そうだよ AKUMAの貴女から見ても、私は酷く滑稽でしょう?」

「そうね 理解できないわ」


刺々しい言葉とは裏腹に、エリアーデがイツキを見つめる目はどこか優しい


意識が朦朧としてきたせいか、イツキはぼんやりと想いを語る


「…好きだとは簡単に口にできた でも、一緒にいたいとは言えなかった」

「……どうして?」

「抱き…しめてくれたあの人を、私は巻き込みたく…なかった 私の、罪に」

「ちゃんと聞いたの?その人は、共に歩もうとは言ってくれなかった?」

「そんなこと、…怖くて、聞けないよ」


理解はできる、私がアレイスターにAKUMAだとは言えなかったのと似たような話


受け入れられる可能性はずっと高く、拒絶されたときの痛みは身を裂くようなものだ


でも、


「…諦められたの?」

「………………」


ゆっくりと、イツキの視線が此方を向く


美しい金色の瞳はゆらりと揺れて


「諦められたら、楽だったのにね」


そう言ってとても綺麗に笑ったイツキに、エリアーデもそうねと呟いた


イツキの傍を離れ、"近づいた"男へと歩を進める


カラリと渇いた男にそれでも消えない想いが胸を焦がす


(諦め、られないわね)


真似事の恋でも、胸は高鳴った


まがい物の身体でも、彼を抱きしめることができた


もっと一緒にいたいと、思ってしまった


これからどうすればいいのか


AKUMAとしての道を辿るために、まずは後ろの銀髪のエクソシストを殺せばいいのか


ニンゲンとして真似事をするなら、この骸を腕に抱いてこの城で永遠を生きればいいのか


(アレイスター、)


もう彼が私を呼ぶことはない


私は次の恋を求めるのだろうか、私の願いを叶えてくれる男を、


私を壊してくれる男を








一瞬の出来事であった


肩に酷く鋭い牙が突き立てられ、勢いよく血が流れてゆく


(やっぱり、貴方で正解だったみたい)


身体の血を急激に失って、身体が上手く動かない


「なんだ、まだ…動けたの?」


ふふ、と笑ってエリアーデは背後を振り返った


イツキが大きく目を見開いて此方を見つめていて


(似合わないわよ そんな間の抜けた顔)


そんな軽口のひとつもきけないまま、エリアーデは首元に牙を立てたアレイスターに手を添えた


「貴方を、」


私が壊れる音がする 機械が朽ちる、そんな音 


停止するその前に、


「貴方ヲ、愛しタかったナ」


最期に流れたその音色に、小さく満足してエリアーデは弾けるように消滅した








「!ちべてっ!」

「えっ…雨!?」



エリアーデが消滅したあとに残ったのは彼女の能力の忘れ物


封じ込めた水分が一斉に放たれ城内に降り注ぐ まるで涙雨のようだ


「エリアーデ…」


その雨を一身に浴びながらイツキが呟く言葉にアレンがふと気付く


「…想いを抱えたまま、果てることができたら」

「イツキ?」

「………何でもない」


冷えてくる身体をアレンに抱き上げられて、イツキは今度こそ深い眠りについた



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(想いを抱えたまま、果てることができたら)
 (この空虚な心は満たされるだろうか)


(それがエゴだと罵られようと)
 (身を裂くような現実の痛みに比ぶるば、)


会いたいと思う気持ちを抱きしめて

共にいたいという気持ちを押し殺して


目蓋の裏に焼き付く貴方の笑顔をいつの日か

(諦めることができるのだろうか)



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