cry of soul 1

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受話器の向こうへ精一杯の誠意と謝罪をこめる準備が必要だ


汽車に乗り遅れた


しかも理由はとくにない、呆けていただけだ


『この…大馬鹿者っ!!』

「…ほんとに…すみませんでした」


キルを通して聞こえてくるブックマンの怒鳴り声にイツキは消え入りそうな声で謝罪を述べた


次発の電車は明日までない


田舎だから宿も小屋らしきものもない


(今晩は野宿だな)


そんなことを考えていたイツキの耳にとんでもない言葉が飛び込んでくる


「…了解です」


ああ、自分だけではなかったか


どこか心のなかでほっと安堵の息をついた





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第31話 城の吸血鬼
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パタパタ


暗い森の中、イツキは歩いていた


キルの羽音だけが静かに森の中に響く


チラチラと此方をみるキルにイツキが笑う


実はブックマンからある忠告をうけた、キルはその話を聞きたいのだろう


「吸血鬼がいるそうよ」

(きゅーけつき?)

「ん?知らない?」


首を傾げるキルにイツキは説明を施す


「ハロウィンや御伽噺で出てくるキャラクターだよ 血を糧に生きる闇の住人」

(血?)

「そう、吸血鬼の主食は血液 人や牛の生き血」

(…お オレの血も?)

「いけてしまうかもね カプッて噛まれたら」

(ば、イツキ何でゆっくりこんなとこ歩いてんの!早く逃げないと!!)

「ふふ、いるかもわからない存在に振り回されるつもりはないよ」

(ん?いないの?)


首を傾げたキルに、説明が足りなかったと補足がなされる


「14世紀の人物がモデルになってるってだけで、空想上の生き物」

(な、なんだ…)

「リナリーが信じてたみたいでね 絶対噛まれないで、って」

(噛まれたらどーなるんだ?)

「一般的なのは、噛まれた者も吸血鬼になる説だね 見たことないから本当かは知らない」

(…マジすごい きゅーけつき)


真剣な表情をしているキルをイツキがそっと笑う


(い…今から行くとこにいるの?)

「吸血鬼?」


コクコク、と頷くキルに決定事項を述べる


「アレンも汽車に乗りそびれたらしいんだ」

「?」

「ここ近辺で吸血鬼と言われている人物の城に行ったみたい 元帥が残した指示の通りに、ね」

(じゃ…今から…)

「空想か実在か、現代の吸血鬼にご挨拶」


キルの顔色がみるみるうちに青ざめていく


"クロウリー男爵"


森を抜け、イツキ達の目に飛び込んできた大きな城の主の名を、イツキが小さく呟いた














「げえぇぇぇ!」

「…何を喰った」


イツキ達が向かっているクロウリー城では、孤城の主が嘔吐していた


呆れて床に放置された人間を"彼"が前足で上向けに転がす


すでにこと切れている人間は、おもちゃのように簡単に動く


それ以上興味もなく"彼"は大きく欠伸をした


「お帰りなさいませ アレイスター様」

「エ…エリアーデ…」


部屋に入ってきた彼女もまた、床上の人間を見て眉を潜める


孤城の主のこの習慣は彼女にとっては見慣れたものなのだ


「も…もしもし……もしも〜し…」


何度繰り返しただろう


床上の人間は動く気配すら見せない


「死んでいる」

「死んでおりますわ アレイスター様」


鳴るはずのないとわかっている脈をとる仕草だけして、女は、エリアーデは男の終わりを告げた


簡単な結論を述べているのに、孤城の主は諦めきれない様子だ


「に…庭に討伐隊が来ていた わ…私は完全に村人に嫌われてしまったである」


ベソベソと泣く主をエリア−デが慰める


「仕方ありませんわ だって、貴方は」

(吸血鬼ですもの)


涙を浮かべた主、アレイスターに彼女が残酷な言葉を囁き、傷つくアレイスターをエリア−デが慰める


こうしてこの2人は絆を強めていくということを最近ようやく理解した


(邪魔者は退出するか)


2人にしろ、と睨んでくるエリア−デに適当に相槌を返して彼はその場を離れた

これももう、慣れたものであった




(吸血鬼…ね)


全てが真実ではないだろう


アレイスターが


エリアーデが


何者であろうと自分が口出しするものではない


そう、自分は人間と人間に焦がれるAKUMAのお遊びに付き合うつもりはないのだ






城の広い廊下を白狼が歩く


彼の目覚めは唐突なものであった


覚めることはもうないと思っていた


あの日、世界も主も失ったあの時から、この世界に未練なんてものはないと思っていた


それなのに


(鼓動が、届いた)


身体に血が巡るように、忘れていた感情が溢れてくる


探さねばならない


自分が在るべき居場所を


駆けて駆けて駆けて、この城に着いたのは3日前の話だ


まだ体力が充分に戻っていなかった自分を、客人として扱ったクロウリーとエリア−デ


別に自分達の世界を邪魔するのでないのならいつまでいても構わないと言った言葉をありがたく受け取った


(討伐隊、か)


いつの世も、人は自分と違うものを追い詰めたがるようだ


やかましく騒ぎ立てる村人達を思いだして白狼は顔を顰めた


「追い払っておくか」


面倒だと溜め息をつきながら、白狼は一瞬でその場から消えた














「……別段、おかしいところもなしだね」

(おかしいでしょ!趣味悪すぎる!)

「人の好みに口をだすのは良くないよ」


容易にクロウリー城に潜り込んだイツキとキルはアレン達を探していた


城には不気味な彫刻や絵画が多く、孤城の主の趣味はいまひとつよくないらしい


キルが気味悪がるのもそこそこに、城内へと歩を進めようとした時であった


ボンッ!!


大きな爆発音に揺れる大地


「何?」

(イツキ!)

「キル!動いちゃだめ!!」


ぐらつくイツキの丁度手前に、何かが猛スピードで突っ込んでくる


慌てるキルに制止をかけ、一瞬で抜いた銃を構えた


「「がはっ」」

「すげーさ俺ら 死ぬかと思った ちょっと本気で死ぬかもと」

「流石特製の団服、打撲程度ですみましたね」

「ちょっと俺吐いていい?腹打った」

「…アレン ラビ」


煙の中から現れた2人にイツキも銃をホルダーへとしまう


「あれ、イツキ?」

「なんで此処にいんの?」 

「君たちと同じ、乗り遅れた」


ちょうどよかった、そう言って2人は何があったのかを語り出した





「で?その村人は?」

「…駄目でした」

「そうか」

(く…喰われたのか?)

「伯爵が血を啜って」

「食人花が丸呑み」

(ぎゃーっ!!)

「死体処理には困らないね」

「突っ込みどころはソコかい」


きっかけは1人の神父の登場


深い緋色の髪を揺らした神父がこの城の主を訪ねたという


彼の訪問から数日後、クロウリー男爵が人を襲いだした


そして村人は思い出す


神父が立ち去る際、残した言葉を


此処を通る黒の修道士が問題を解決する術をもっていると


「それで吸血鬼退治」

「ええ、まあ半ば強引に」


溜め息をつくアレン達に苦笑しながら情報を得てゆく


城内の間取り、異変、そして登場人物


「城には男爵と女が1人」

「そ、すっげぇ美人がいる」

「あ、あと大量の食人花」


先ほどの爆発は突然食人花が爆発したのだと


そんな植物が存在するかは不明だが、事実は事実だ


それでは再度城内突入するかと話ていると、イツキの視界にあるモノが映った


「ところで」

「はい?」

「アレ 何だと思う?」

「…墓地?」


イツキの指先に見えたのは粗末な造りの8つの墓


「これ連れ去られた村人の墓じゃないですか?」


墓地の中 ぐるりと辺りを見回しアレンが呟く


「数が8つ 村長さんが言ってた犠牲者の数と合いますよ」

「ん?クロウリーにやられたのは9人だろ?」

「犠牲者の1人目は蒸発したって言っていたじゃ…」

ぱきん

「へ?」


突然、アレンの指先の木製の十字架が一瞬で砕けた


(…砕けた?)


うわぁ!?と墓を壊してしまったことに慌てる2人を他所にイツキはその墓に疑問をもった


アレンが押したわけではない


触れるか触れないか、そんな些細な力で木は砕けるものだろうか


「イツキ?」



粉々になった木の残骸を手で追いやり、根元の土を軽く払う


地面にペンタクルが浮き出ている


大地がAKUMAのウィルスに侵されている証拠だ


イツキの上から手元を覗き込んだアレンが驚きの声をあげた


「これ…!」

「じゃあ…この下にいるのは…」

「AKUMAの可能性が高い」

「なら…!」


何かに気付いたのか周りにある墓の根元をラビが掘る


全ての墓の土にペンタクルは浮き出ている


「こっちのにもペンタクルが出てんぜ イツキ」

(?何でAKUMAが墓ん中にいるんだ?)

「そういえばさっき花がフランツさんを食った瞬間ペンタクルが見えたよな……あれってもしかして…」

「AKUMAを喰べたから…?!」

(イツキ、わかんない 吸血鬼はAKUMAが好物なのか?)

「それを今から確認するんだよ」



童話を読んでも、空想での世界としか考えたことがない


目にしたものしか信じない


だから私のなかでは吸血鬼という選択肢はない


ピースをかき集めれば真実が見えてくる


「…出た」

「…出たさ」

「「………」」


土の中から掘り出した木製の棺


誰が開けるか、という無言の空気が漂う


「「…じゃんけんっ…!!」」

ガコンッ!

「「…………」」

「…何、その微妙な視線は」

「…いえ…あの」

「…おっとこまえだなぁって」


女性に墓なんか暴かせるわけにもいかないから、ジャンケンで自分達のどちらかに決めようと思っていたのに


結果をだす前にアレン達の気遣い虚しくイツキが墓を蹴り開けてしまった


一気に漂う腐臭に口元を覆う


「…見て 皮が腐ってる」


死者の皮膚もペンタクルが覆い、溶けた先には人の骨ではない骨格が見える


これはもう断言していい


「全部AKUMAだ」

「地面のペンタクルは外装が腐って中身が漏れたんだな」

「キル、吸血鬼はやはり空想上の生き物みたい」

(?…よくわかんないのよ オレ)

「男爵はAKUMAだけを襲っていた…もしAKUMAだけを襲っていたなら…」


点と点は線で繋がり、線と線は面を作り全貌が浮かびあがる


筋がたった


「これは吸血鬼退治なんかじゃないさ クロウリーって奴は…」


結論が出る寸前だった


答えが先に襲いかかってきたのは


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