cry of soul 1

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パチパチと火の爆ぜる音に目が覚めた


うつ伏せ状態で長時間寝ていたからか、首の痛みに眉をしかめる


「…………」

「…気付いたか」


聞こえてきた声に、起き上がろうとした身体の力を抜く


「…お久しぶりです」

「お主、また無茶をしたであろう」

「まさか」


その言葉に説得力がないのは身体中に包帯が巻かれているからか


否定も兼ねてイツキも身体を起こす


別に痛みも大したものではない


包帯の下の傷はもう塞がりかけていると気付いていた




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第27話
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「アレンとリナは、どうですか」

「治療は施したが、まだ2人とも深い眠りについておるよ」


やはり自分が一番先だったか


そう考えているのを見越したように老人は言葉を続ける


「しばらくお主も休んでおれ」

「そう長くサボっているわけにはいきませんよ」


ベッドの横にかけられた上着をとろうと手を伸ばした時だ


「オー、セクシーショット!!」」

「…なっ、」


時間に直すとたった数秒


突然沸いてでたラビが両腕を広げて迫ってきたが、一瞬で遠くへ吹き飛ぶ


「…いつもすみません」

「いやいや 弟子の不始末は師がつけるものだ」


齢88歳の老体の動きとは思えない俊敏な動きでブックマンが弟子であるラビを撃退する


頭に星の舞っているラビを他所に、ブックマンから新調された団服が手渡される


「お主と会う時は、いつも治療の時じゃな」

「…そうですね」


ブックマンの言葉に思わず苦笑いが零れる


彼の言うとおり、ブックマンとの初見はベットの上だった



イノセンスとのシンクロ率があがらない日々が続いた


身体と精神の鍛錬をつんだが、無茶をしていたらしく何度も意識がとんで


そのたびにこうやってベッドの上で目覚める


「目が覚めたか」


聞こえてきたのは低い声


「『光と闇の統治者』と予言を受けた娘だね」


発せられた言葉に静かに視線を傾ける


そこには小柄な老人が座っていた


「…どちらさまで?」

「私の名はブックマン」


その名には聞き覚えがあった


ラビの師の名前であり、彼らの職業の名でもある


(裏歴史を記憶する者達)


針での治療を得意とするブックマンが、静かにイツキの腕をとる


「無茶がすぎるようだな」

「…お手数を、おかけしています」


的確な治療と静かな語り口調は穏やかな時間であった


それでも小さな違和感は感じていた


観察されるような微妙な空気


気を許しすぎたら情報を引き出されてしまう


(そうか、)


感じていた違和感の正体にふと気付く


(祖父の目と、よく似てるのだ)


懐かしいような、それでも少し胸が痛くて


イツキはまた静かに目を閉じた






イツキに思うところのあるように、ブックマンにも思うところがある


ブックマンがミランダ・ロット−からの連絡を受け派遣されてきた先には3人の怪我人がいた


アレン・ウォーカー、リナリー・リー


そして


(イツキ・ルナティス)


自分とラビが駆けつけた時、前者2人と彼女の様子は明らかに違っていた


「…この馬鹿娘め」


外傷の酷かったアレン・ウォーカーの応急処置を施したくせに、己の身体には軽い止血をしたくらいだ


「イツキっ!」

「お主は出ておれ」


駆け寄ったラビを部屋の外に追いやり、治療に取りかかる


背の火傷が酷いと報告を受けている


背に乗せられた濡れたタオルを剥ぐ


(…なんと、)


いつ診ても驚く


この娘は人とは比較できないほどの治癒力を秘めている


今だって細胞の修復は顕著な様子をみせていて


そして


一瞬で消えた背の紋様に、脳内の歴史が溢れ出す


(光と闇を統べる者、)


自分の知る歴史のなかでも、彼女の容姿には思い当たるものがある


そして彼女の姓にも思うものが


ノアの少女が彼女を連れて行こうとしたという報告は受けていた


また、この娘は教団が調査対象に入れていた者だ


(この娘は、荊の道しか歩けぬというのか)


荒い息を吐く銀髪の少女の頭を撫で、ブックマンは溜め息をついた






ブックマンにきつく忠告されたこともあり、アレン達が目覚めるまで任務もないイツキは休息をとることにした


まだ完全に調子が戻っていないため、ベッドの中で微睡む


ノアの一族の少女の言葉が、グルグルと駆け巡る


『欲しいもの、愛しい人、願うこと 全部聞こえてる?』

(そんなもの、)


ずっと頭のなかで浮かび続ける顔


目を閉じれば、思い出が溢れ出す


このまま永久に目覚めなければ、夢の向こうで彼らに会えるだろうか


(…会える、わけがない)


失ったことは理解しているのだ


死者は蘇らない


蘇ればそれは、禁忌に触れた行為


だから私達はAKUMAを破壊するのだ


(やめよう)


これ以上は考えても無駄なことに近しいのだ


取り戻せやしないものに、想いを馳せたところで


もう一眠りしようと毛布を肩まで引き上げる


「………!」


寝返りを打てば、シャランと小さな金属音が鳴った


音の源を手にとれば、懐かしさと愛しさが溢れ出す


『イツキ、』


あの人の声が耳の奥に蘇る


大きな掌と、優しく触れてくれた指先


抱きしめられた時に込み上げた想いが忘れられずにいる


死別したわけではない、それでももう共には歩けない


(『    』、)


記憶に残る太陽のような笑顔を目蓋の裏に焼き付けて、イツキは固く目を瞑った












「ジジイ」

「何じゃ 馬鹿弟子」


イツキが眠りについたのを確認したブックマンが部屋の戸をそっと閉める


それを見届けてラビがブックマンに声をかけた


「イツキは、普通の人間じゃないんさ?」

「…妙な質問をするものじゃな」


鼻で笑うブックマンにラビがむっと眉をしかめる


「どういう意味さ」

「此処におるもの全て、"普通"ではないことなんぞ明らかではないか」

「それ、は」


この教団は闇を抱えている


光を目指すからこそ、蔓延るものなのかもしれない


「…貴様、何をみた」

「……何の話だよ」

「イツキ・ルナティスの故郷で、何を見たと聞いておる」


ラビの深い翠玉の瞳がブックマンを見つめる


「教えたはずじゃ "記録対象"に情をもつなと」

「まだ、イツキは」

「"記録対象"ではないと?」


自嘲的に笑ったブックマンがラビを鋭い視線で睨みつける


「"普通"でないと口にした時点で、貴様のなかで結論は出ておるはずだが」

「……………」

「ルナティスの姓、金色の瞳と白銀の髪、光と闇の狭間に息吹いた娘」

「俺は、」

「ラビよ」


反論は許さないとばかりにブックマンが強い口調で警告する


「記録を怠るでないぞ」


もやもやと心のなかに広がる黒い気持ちを吐き出すように、ラビは大きく息を吐いた




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誰かの秘密を知ろうとするならば


その誰かを失う覚悟が必要なのだ


失うものと得る秘密は見事なまでに比例する


(だからといって、その誰かが墜ちていく姿を見たいわけではないのに)



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