cry of soul 1

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焦げた匂いが鼻に纏わり付く


叫ぶ逃げ惑う人々の声が耳の奥に残る


炎は人々を容赦なく呑みこむ


運良く炎から逃れれれば、AKUMAの餌食に


もっと楽しいものかとも思っていたが、特に心が躍るようなものはなかった


ぼくは、どうすればいいんだろう





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第23話 遠の少年
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「お帰りなサイ♪」

「ただいまぁ〜 千年公ぉ」

「ただいま 千年公」


揺り椅子に揺られる伯爵にロードが勢いよく抱きつく


弾みで尚大きく揺れた椅子の上で、ロードは鼻歌を歌っている


「どうしたんデス?ロード、ご機嫌じゃないデスか」

「ふふふ、知りたい?」


2人で盛り上がるなか、ガチャリと扉が開き、ティキが部屋へと入ってきた


「お、帰ったのか ロード、シオ…」

「皆殺しー 真ぁっ赤な炎が揺らめくの もう絶景!」


千年公にも見せたかったぁ、とぼやくロードの言葉にティキが眉を潜めた


シオンもそれに気付いているのか、コートを椅子にかけながら、顔をあげない


「シオン ちょっと来い」

「………うん、」


言葉とは裏腹に、優しい表情で彼を呼び寄せて、ティキとシオンは隣の部屋へと姿を消す


「ティキぽんは過保護ですネ★」

「…そうだねぇ」


クス、とどことなく確信めいた微笑を浮かべ、ロードは2人が消えていった扉を見つめていた






「気は、晴れたのか?」

「……………」


肯定も否定もしないシオンにティキが溜め息をつく


土産に買ってきた焼き菓子を並べても、手をつけようとしない


「どうせお前も小難しく考えてんだろ 哲学的に、っての?」

「……うん?」

「いいや、こっちの話」


爆風で乱れたらしい髪を手櫛で整える


柔らかくて少し癖のある銀色の髪は、彼女のソレと類似していた


「頼むから、」

「…………」

「お前は、手を汚さないでくれよ」


俯いたシオンの髪を撫でながら、ティキは諭すように言った


「多分、向いてないんだよ お前も、イツキも」


今でも鮮明に覚えている


あの金色の瞳がゆらゆらと頼りなさげに揺れて、


それでも苦しみを告白はしてくれなくて


仕方なく抱きしめてやれば、縋るように服を掴んで、


「お前がコッチに入り込むの、イツキはすげー嫌がると思う」

「…ねえさま、いないもの」

「俺が見つけるって、言ったよな」


イツキの存在を曖昧にしようとしたシオンに、ティキが語気を強めて肯定する


はっ、と思い出したように顔をあげたシオンの瞳は揺れている


燃えるような緋色の瞳が不安げに問う


「見つかる、かな?」

「見つける、って言ってるだろ」


ホットミルクも勧めてやれば、ようやっと手をつけ始める


「……………」


シオンが戸惑っているのは知っている


会いたいという強くて大きな想いと、会うのが怖い気持ちがほんの少し戸惑わせるのだ


「ティッキ、」

「ん?」

「ねえさまのお話、きかせて」


シオンは知らない


イツキが好きな色も、イツキが好きな音楽も


イツキが好きな本も、食べ物も


どうすればイツキが笑うのかさえも


『ティッキは、ねえさまが何が好きなのかたくさん知ってるね』


出会ってすぐのことだった


羨ましそうに言ったシオンに、ティキは首を傾げる


『ぼくは、ねえさまの何を知っていたんだろう』


きっとイツキは自分のことを放り出して、妹弟のことばかり優先していたのだろう


イツキはよく話していた 


シオンの好きな色も、好きな食べ物も、好きな遊びも何もかも


シオンのもつイツキとの思い出はシオンを想っての話ばかりだ


2人の距離は、近いようで遠い


それをシオンは離ればなれになって痛感したのだ


『ねえ、ティッキ ねえさまを見つけて それで、離さないで』


確証もないのに、シオンは確信めいたように断言する


『ティッキの話に出てくるねえさまは、』


とても幸せそうだもの


寂しそうに笑ったシオンを、ティキは静かに見つめていた














シオンと出会ったのは、雪の積もる冬の日だった


「……………」


深い闇から朝日が零れ出て、鳥たちが活動を始める


チュン、と一際強く囀った鳥の鳴き声に、ティキはぼんやりと目覚めた


数ヶ月前までは、目覚めさえも心地の良いものであった


目を開ければ、銀色の髪が自分の腕のなかに広がっていて


静かに寝息を立てる彼女を抱き寄せれば、ゆるゆると目蓋が開き、金色の瞳が自分を映した


その色が、とても優しくてとても温かくて美しくて、


(イツキ)


腕を伸ばしてみても、彼女の残像は追えない


掴むものは何もなく、ただ宙をきるばかり


持ち上げた左腕を静かにおろす


冷え切った腕をぼんやりと見つめる


ダンッ!!


苛々する


込み上げてくる苛立ちと、モヤモヤと広がる虚しさが心を浸食する


ダンッ!


ダンッ!!


何度も腕を床に叩きつけても、痛みは感じない


固く冷たい床がパラリと砕ける


手の甲に血が滲んだが、特段気になるものでもない


ズキズキと痛むのは身体じゃない、心だ


(イツキ)


(イツキ)


「…イツキっ…」


名前さえも、虚しく消える


呼んでも呼んでも、何も返ってこない


関係は上手くいっていたはずだ


俺はイツキを愛していて


自分の思い違いでなければ、イツキも俺を愛してくれていた


疑う余地なんて、これっぽっちもなかったのに



(何で、なんだよ)



突然イツキは姿を消した


別れも何もなく、ただ忽然と


其処に存在した思い出全部を、火の海に沈めて


『ティキ、』


そっと名前を呼ぶアイツが好きだった


甘え方を知らないアイツが好きだった


些細なことに優しく笑うアイツが本当に好きだった


穏やかな生活


緩やかな時間の経過


ノアである自分には似つかわしくない静かな時間が


こんなにも幸せだと噛みしめるとは思ってもみなかった


それなのに、


(何故あの日々を否定したのか)







「……さみぃ」


古いコートの襟をしっかりと立てて、ザクザクと雪の上を歩く


吐く息は白い


強く冷たい風を一身に受けて、今日も知らない街を渡り行く


彼女が消えたあの日から、こんな流浪の生活とノアの生活を繰り返している


パタン、


(この街も、いないか)


酒場や人通りの多い町並みに沿う店にイツキのことを尋ねても、首を横にふるばかり


銀色の髪と金色の瞳


ただでさえ珍しい外見であるし、女が一人でいれば目立つ


知らないと言われれば、疑う余地もない


情報が得られず思わず深く息を吐く


「そういえば、」

「ん?」


骨董品店の爺さんが、思い出したように声をあげた


― 銀色の髪をした、子どもだったら知っているよ ―


気紛れだった


それでも、ブロンドや赤毛の多い街が続いていて


あの月の光を閉じ込めたような銀髪を、もう一度目にしたくて


「……なんだよ これ」


場所を聞いて訪ねてみれば、まるで物見小屋のようなテント


爺さんが眉を顰めていた理由がわかる


この時代には珍しいことではない


人身売買、珍獣・奇獣のショー


(…えげつないよな)


するりとテントに潜り込み、周囲を見渡す


ぎらついた獣の目をチラリと見やる


不当な扱い、餌もろくに与えられていないのか淀む空気は重い


人間なんてこんなものだ


自分より下のものを簡単に傷つけて、命さえ把握しようとする


それを行う人間も、それを見て楽しむ人間も


どちらも酷い有様だ


「………ん?」


薄暗い小屋のなかで、一際大きな檻に近づく


他の木製の檻と違って、この檻は鉄で出来ていた


容易には壊せない檻 その中に"その子ども"はいた


うずくまっていて、はっきりとは見えないが鈍く光る銀色の髪


もう少しよく見たくて、持っていたライターに火を灯す


灯りがポッと周囲を照らす


思っていたよりも美しい銀色の髪


少し癖があるところも、イツキとよく似ていた


「…………」


子どもは身じろぎひとつしやしない


膝を固く抱えて、全てを遮断していた


「おーい、生きてるかぁ?」


そう声を投げかけてみても何も反応がない


手足に繋がった鎖の先には鉄球がある


この寒いなか、子どもが纏っているのはボロボロの布切れのような服


凍死したっておかしくはない


「……逃がしてやろうか」


興味をひきたいだけだった


どんな反応するかもだったが、まず生きているかを確かめたくなって


ティキはそう呟いた


別段難しい話ではない


ただ、本当に逃がしてやるかはティキの気紛れだ


「こんな狭くて汚い檻で、一生を終えることに何の抵抗もねーの?」

「…………」

「どうせメシも風呂も満足に与えられてないんだろ」

「…………」

「俺だったら舌噛んで死んだ方がマシだね」

「…だったら、殺し…て」


小さな、小さな声だった


ほんの少しだけ、子どもが動いた


腕の隙間から、濁った瞳が此方をぼんやりと見つめている


そう、それは燃えるような緋色の瞳


「……………」


固まってしまったティキに、これ以上構ってくれるなとばかりに少年はまた目蓋を閉じようとしていた


その諦めにも似た虚空を見る視線が、妙に彼女とダブってしまって


「イツキ、」


思わず彼女の名が口をついて零れ出た


その時だった


全ての時が動き始めたのは


「…………ん、て?」

「?悪い 聞こえな…」

「今、なんて、いったの?」



少年の瞳が困惑に揺れた


格子の中から伸ばされた小さな手がティキに伸ばされる


「ねぇ…知ってる…の?」


縋るような目が自分を見つめて


口を開く


(まさか、)


一つの仮定が体内を駆け巡る


背筋を期待と戦慄が駆け上る


「教…えて 何て…」


少年と同じように、ティキもまた緊張していた


ドクドクと脈打つ鼓動が五月蠅い


それでも、ティキも慎重に言葉を放った


「イツキ、って呼んだんだ」


それは劇的な効果をもった言葉だった


少年の瞳孔がみるみる広がり、深い緋色に光が灯る


まるで黒白の世界に、彩りが生まれ落ちたように


「ねえ、さまっ」


静かに零れ落ちた涙と掠れた声が、記憶の少女の名を呼んだ



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