cry of soul 1

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痛いなんてものではなかったはずだ


恐いなんてものではなかったはずだ


今頃になって、ようやく気付く


私は何をしていたのかと、


何を守ろうとしていたのか


何を大事にしていたのか


全部失ってから気付くなんて


愚かとしか言いようがない






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第20話 在理由
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暗い、暗い世界


現実離れしたそこに、イツキと少女は立っていた


真っ白なワンピースは少女のお気に入りで


それを着ると少女はとても綺麗に笑ってくれた


(リオン、)


口を開いているのに言葉は空気のように融ける


目の前の症状はじっと私を見つめるだけ


表情も感情もそこにはない


「……………ぁ…」


言葉を伝えようと、口を大きく開いてみたが、言葉が続かない


何と、言うのだろう


ごめんね


苦しかったよね、痛かったよね



頼りなくて、貴方を守れなくて



(なんて、陳腐な)



どの言葉も当てはまらない気がした


どれも、上っ面の軽い言葉のように思えた


それは謝罪ではなく、自分への言い訳だった


こんな最悪な形になるまで放っておいて、今頃になって引き留めようと必死な自分がいる


一歩、また一歩とリオンが私へと歩を進める


あの緋色の瞳が、私を見つめて


距離が縮まる度に、私の心臓は嫌な音をたてる


一歩、一歩


歩む度にリオンの身体が赤く染まる


四肢は傷ついていくばかりなのに、リオンの表情は変わらない


一瞬一瞬に ただ鮮血が飛び散った


幼い彼女を赤が襲う


その白い肌を覆い隠すように


床が一面、赤に染まり変わっていく


ついさっき、自分が目の当たりにしたとおりに


カツン、


自分の真ん前に立った少女を、ぎゅっと抱きしめる


鉄の錆びた匂いが立ちこめるが、温もりはそこにはない


(こんな世界にだけは、巻き込みたくなかったのに)


血も、痛みも、貴方達に届かないようにしたつもりだった


ただ笑って、私を待っていてくれるならば、私はそれだけで生きていけると思った


それなのに、


《どうして?》


脳に直に響く声に、思わず顔をあげた


自分を見下ろすリオンの表情をみて、一瞬で理解する


抱きしめかえして、もらえるわけがない


自分の未熟さゆえに傷ついたこの子が


自分の失態で命を奪われたこの幼い子が


(私を、許すわけがない)


《どうして?》


《どうして?》


何も言わないリオンの声が、聴こえた気がした


その疑問詞だけが頭の中で繰り返される


私を責め立てるかのように


(続きは?)


その意を込めて、イツキはリオンを見つめた


続く言葉はいくらでも思いついた


どうして一緒にいてくれなかった


どうして守ってくれなかった


どうして耳を傾けてくれなかった


どうして助けに来てくれなかった


どうして


私は死なないといけないの?


責められる理由も云われも思いつく


何を答えても言い訳にしかならないのもわかってる


(それでも、)

「おいて、逝かないで」


血塗れのリオンを抱きしめてイツキは縋るように呟いた


次の瞬間、ズキズキと酷い頭痛と耳鳴りが私を襲う


「うっ……ぁっ…」


交わる赤が、全てを変える


血の繋がり


鮮烈な赤


(リオっ…ン)


頭蓋骨さえ砕けそうな痛みに意識がぼやけてくる


薄れゆく意識と視界の中、リオンの口が何か言葉を紡ぐのが見えた


見たくない、それが本音だった


聞きたい、それも本音だった


(リオン)


もう離さないと誓うのに


小さくも愛しいこの体を、失いたくないのに


《――――…》



結局何をリオンが口にしたのか読み取れず、そのまま私は意識を失った


離すものかと、腕に力をこめた私を嘲笑うかのように


リオンの遺体は蒸発するように消えた


まるで夢幻のように


リオンは闇へと融け込んだ


イツキへ"証"を残して


答えは何も残さず


"声"という疑問だけを与えて








「イツキの耳は、呪われているの?」


おそるおそる尋ねたリナリーに、レムは首を横にふる


「わからぬ、リオンがどんな想いで逝ったのか、私には理解できない」


愛情か憎しみか、そんなことは今となっては判断できるものが残っていない


しかし、


「"呪い"と呼んでも、間違いではないやもしれん」


切なそうに目を細めてレムは言った


「あれは、イツキを縛りつけた」


自分が犯した罪を忘れぬよう、忘れられぬよう


耳の奥底に


魂の根底に刻まれた


「もしかしたら、リオンにも聴こえていたのかもしれん」


片割れのシオンに起きた症状がリオンにも起こっても不思議ではない


リオンはイツキに遺したのだ


「イツキだって例外にはならん」


血が絆となるように、"赤"は全てを繋ぐ


(呪い、)


アレンは考えていた


以前彼女が見せた怒りは、このことがあったからではないのかと


『失くしたくせに、まだそんな言葉を口にするの?』


『願いは叶うものばかりじゃない』



(イツキ‥)


脳裏に浮かんだのは、あの日自分に怒鳴った彼女


彼女は在りし日の自分を、僕に重ねたのではないのだろうか


自分を犠牲に


殺人にまで手を染め抜いても守り通したかった人を失い


愛した家族に呪われた


(マナ‥)


自分も思い当たる節がある、アレンは左目をそっと抑えた


「…もう一人‥シオンはどうしたんだよ」

「!そうだ、シオンは?」


黙り込んだ空気の中、リーバーがレムに尋ねた


コムイだけが"シオン"に反応したレムを見逃さなかった


「‥‥消えたよ」


言い聞かせるように告げたレムに何かを感じながら


「あの子は遺体すら見つからなかった」


焼ける村に全てが燃えていった


真っ白い雪が、赤い光で照らされる


灰となってしまったそこに残るのは、原型なんて留めてはいない骨ばかり


シオンを探そうとするイツキを火の海からやっとの思いでレムは連れ出して


ただ遠巻きに全てが燃え尽きるのを見つめた



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