cry of soul 1

□18
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1度汚れた手は、そう簡単には洗いおとせない


終わりのない世界に足を踏み入れたと思った


どこまでも続くと理解した時に、ぞっとするものが背筋をかけのぼった


それでも逃げるわけにはいかない


私の手に


抱えきれないほどの期待と命が預けられたから




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第18話 がための刃だったのか
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「ルナティス卿!」


もう夕暮れだというのに、大勢の人間が大聖堂へと押しかける


「何かね 騒々し…」


ミサも終わり、自宅に戻ろうとしていたフェインが振り返れば、


目に入ってきたのは担架に横たわる血塗れの孫娘の姿だった


右手にしっかりと握られた銃と、涙をボロボロと流して妻に抱きついた双子を見てフェインは理解した


とうとうこの日が訪れたのかと、


「……………よし、」


イツキの背の銃弾をピンセットで摘みあげる


麻酔が効いているせいか、痛みは感じないようだがイツキの呼吸は浅い


「……大丈夫だ」


誰となしに呟いて、傷口を洗う


異物がなくなった背中は、みるみるうちに埋まってゆく


そこに薬を塗り、ガーゼを当てればきっと明日には塞がるだろう


善意で治療を手伝うと申し出てくれた医者や看護婦の信徒を丁寧に断って、フェインは1人でイツキの治療に専念した


腕の切り傷や、頬のかすり傷などはほとんど癒えている


周囲が違和感を持つ前に包帯やガーゼで隠してしまえば、痛々しい立派な怪我人のようにみえた


この治癒力に驚くことはなかった


この子は昔からそうであったし、そうあるべきことは知っている


これが血の為す力だ


「私が、憎いか?」


意識のないイツキに問う


これからの日々を思えば、


これからのこの娘の運命を思えば


至極自然にでてくる問いで


「イツキは、お前を憎んだりはせぬよ」


はっと、我にかえればいつの間に潜り込んだのかレムがいた


険しい表情で、包帯の巻かれたイツキを見下ろす


「お前達は残酷だ」

「…お前が、それを私に言うのか」


非難めいた視線でフェインを見れば、嘲笑うかのようにフェインもレムを見る


「私に、力さえあれば」

「イツキを救えると?無理だな お前さんの存在は浮世離れしている」

「…随分と、この世界は生きづらくなったものだ」


フェインの片手にある聖書を睨みつけて、レムが低く唸った


「コレが欲しいのか?」

「違う、それが忌々しくて仕方がないのだ」


身体に力を入れてみたところで、聖書が脈をうつように反応し、レムの身体に鈍い痛みが走る


はあ、と溜め息をついて大人しくすれば、本はまた沈黙を守った


「何が、書いてあるのかね?」

「言ったはずだ お前達人間に、ソレは読み解けやしないと」


パラパラと捲ったところで、数ページに見たこともない文字が並んでおり、しかもその後は白紙である


「聖書、だとお前は言った」

「そうだ、神聖な書物だ」


それがどういう意味での"神聖"かはわからないが、イツキが生まれてからこの文字は少しずつ浮かび上がっている


「お前達には、知る必要のないことなのだ」


気にするなとレムは呟いて、イツキへと擦り寄った


眠るイツキに頬を寄せる


朝はしなかった硝煙と血の匂い


次に目覚めた時に、この娘には負の連鎖が待っている


「レムよ」

「……………」

「この子の傍に、ずっと居てやってくれ」

「それこそ、お前に言われる筋合いのないことだ」


ふん、と鼻を鳴らせば、そうであったとフェインが小さく笑う


「お前も、なかなか残酷だよ」


そう言って湯をとりにいったフェインの後ろ姿を見つめながら、レムはイツキの横に丸くなった










「…………」


ぼんやりと焦点の定まらない視界


見慣れた天井


カチコチと、静かに時計が時を刻む


(……此処は、)


喉が渇いたと思いながら、イツキはゆっくりと身体を起こした


視界に入ったのは体中に巻かれた包帯


痛みはないが、何があったかを思い起こすには充分である


(………そうか 私は、)


『 人を殺したのだ 』


ぼんやりと人事のように浮かんだソレに自分が意外と落ち着いていることの方が驚いた


カタリ、


落ち着いているのではないと気付いたのは数秒後


手が小さく震えていることにイツキは気づいて、腹底から何かがこみ上げてくる


(私は、人を…っ)


思い出した惨状


穴の開いた身体


吹き飛んだ腕と弾けとんだ血液


鮮血の赤が脳内にべっとりとはりつく


ジワジワと流れ出した汗であったが、イツキは自分の両脇にいる小さな存在にその時初めて気が付いた


自分と同じ銀の髪


丸くなって寝息をたてている可愛い妹と弟


(そうだ、)


自然と汗がひき、震えも止まる


しがみつくようにシーツを握っている2人の髪をゆっくりと撫でて


(何を、恐れるのか)


たくさん泣いたのか、頬に残る涙の跡をそっと拭う


風邪をひいてしまう、と2人を抱き上げて自分の寝ていたベッドへ持ち上げる


自分が守りたい存在


自分が望む存在


(貴方達さえ、居てくれるなら)


この子達を守る為ならどんなことでも出来る


腕をもがれようと、この身を銃弾が貫こうと


たとえ


(世界の理から、外れてしまったとしても)


自分の至った結論に何も違和感を感じなかった


人を殺めたことに対する罪悪感は、麻痺した感覚では感じることができなくて


奪うか奪われるか


その二択であるならば、私は奪われるのはゴメンだと思った


奪われない方法があるのであれば、どんな方法でも仕方がないと信じていた


「イツキ」


部屋に入ってきた祖父に、静かにお願いしますと双子を示す


チラリとそれを横目で見て、祖父は私にこういった


「ヘルガを、でるぞ」


怪我を労る言葉でも、安否を気遣う言葉でもなく


祖父は私に巻いてあった包帯をほどいて淡々と告げる


怪我はほとんど癒えている


それでも心がジクリと痛んだ


「戦えぬ者、戦いを望まぬ者と共にヘルガをでる」


じっと此方を見つめる祖父の金の目を、逸らすことができない


「お前が、皆を守る刃となるのだ」


暗い、暗い金の目が、私に静かに告げるのだ


私はこれからも、世の理から外れてゆくのだと








「此処が、ヘルガだよ」

「へー、結構立派な街じゃん」


深くフードを被り直して、イツキが小さく告げた


「此処は別に、消えたわけじゃないからね」


人々が笑っている


平穏な日常を、当たり前のように傍受して


「…ライナーの影響は、ところどころに出てはいるみたいだけれどね」


神田がちらりと視線を路地へと送れば、傭兵くずれのような若者が多く見受けられる


馬車で運ばれている物資も、食料や酒ではなく鉄くずや油が多い


軍人あがりだという領主の納める都市は、やはりどこか好戦的なものがあるのだろう


「…クルツ、だったか?それはどこにある」

「黒い森の中、とはいっても もう焼けてしまって何も残ってないよ」


あの炎と、雪のなかに


クルツは融けたのだ


リーン、ゴーン


大きな鐘の音が、街中に響き渡る


神田が音の方向に視線をやれば、小高い丘の上に立派な教会がみえた


「あそこが大聖堂」

(私の、育った場所)


3人の足は、自然とそこへと向かう


「おや、兄さん達 この先には大聖堂しかないよ?」

「知ってる知ってるー ちょっと拝みにいこうかなぁって思ってさ」


道中、ラビが昼食にとパン屋でサンドイッチやらベーグルやらを購入すれば、世間話の好きそうな女主人が話しかけてきた


イツキは顔が割れると面倒だということで、木陰で休んでいる


こういった情報採取はラビの得意分野だということもあって、神田もイツキのすぐ傍で待つことにした


「やめときなさいって!あそこには今、魔物が出るって噂だよ!」

「魔物〜?」


サンドイッチに具を挟みながら、女主人は眉をしかめる


「人々が寝静まる頃、大聖堂から獣の唸り声が響くのさ」

「おねーさんは聞いたことあんの?」

「あらやだ、おねーさんだなんて!ええ、ええ聞いたわよ 此処まで聞こえてくるものだからね」


怖い怖いと口ずさみながら、上手そうなハム玉子サンドが出来上がる


「まるで檻から出せといわんばかりな、酷く獰猛な鳴き声」

「野犬とかじゃないんさ?」

「野犬には、あんな深い声はだせないわよ」


腹の底に響く、威厳さえも感じられる呻き声


「あそこにはもう誰も住んでいないのにね」

「…前は、誰か住んでいたんさ?」


知らぬふりを装って、ラビが問えば女主人の手が止まる


「ええ、思えば、あの頃が1番」


この街は良かったのかもしれないね


3人分のサンドイッチと、おまけのリンゴを3つ入れてもらい、ラビ達はパン屋を後にした


「大聖堂は、今は使われていないらしいさ」

「あんなに立派な建物なのにか?」


ヒョイヒョイとサンドイッチを配りながら、ラビがコクリと頷く


「なーんか、皆口ごもるんだよなー」


何なのかね、とラビが首を傾げれば、イツキが小さく嗤った


「気味が、悪いんだよ きっと」

(神に仕えた一族が、人を殺め続けたのだから)










「どこに、向かうのですか?」

「黒い森のなかだ」


暗闇に乗じて、イツキ達は森のなかを歩いていた


ヘルガの南には、深い森が広がっており、そのさらに奥には"黒い森"と呼ばれる場所があった


まるで樹海のように、そこに入れば出てこれないとまで言われる場所


しかし、土地の質は大変良く、また黒い森を抜けたところには湖もある


生きていくには充分な場所だ


「ルナティスの始祖が生まれた土地、名をクルツという」


老人や女子どもを中心とした団体が、夜道を歩く


1度に移動すれば目撃されかねないため、一晩で3回にわけての移動


戦争を恐れるもの、信仰に縋って生きていくものたちの集団


力のない集団


それらの運命を全て課せられて、私の新しい生活が始まった


古い廃屋ばかりだが、住居が残っていた其処で各々が新しい生活を築く


しばらくヘルガに残り、ライナーの動きをみてから移住すると告げた者からの情報によるとルナティス家が消えたことで街のなかは騒然としているという


クルツの存在は、ルナティスだけが知りうるものだ


ライナーはこの場所で人が生きていけると思っていないし、何より樹海には簡単に踏み入れない


今は血眼になってルナティスの行方を捜しているだけだという


移住してきてから3ヶ月ほど、私はしばらく静かな生活を過ごしていたのだ






「ねえさま」


イツキ達は、始祖が暮らしていたとされる大きな屋敷に身を寄せていた


もと領主ということもあり、ついてきた人々が優先的に修復やら掃除をしてくれたおかげで快適な暮らしができている


あの日から、私が人を殺めた日からリオンとシオンは必ず私と共に眠るようになった


子ども部屋に大きめのベッドを設置してもらい、私がそこで眠る


絵本を読んでいけば、先にシオンは寝付いてしまい、リオンはどうかと視線を合わせれば、不安げな表情をした妹がいた


「?どうしたの?」

「シオンね、おかしいの」


意味がわからず視線で問えば、リオンも難しそうな表情で言葉を探している


「声が、聞こえるってずっと言ってるの」

「森の中だからね、鳥や木々のざわめきが前よりも大きいわ」

「違うの、もっと怖いものだって言ってるの」

「湖の上を走る風が、思っていたよりも速いからね」


怖いものじゃないのよ、とリオンの髪を撫でて寝かしつけようとすれば


リオンもまた、渋々ながら目を瞑る


"怖いもの"という言葉に、心臓がぎくりと嫌な音をたてた


3ヶ月の月日を経て、ライナーはとうとう南へと捜索を開始した


黒い森に踏み入ろうした傭兵を、私は少しずつ撃退し始めた


急に消えれば違和感が残るだろう


1人ずつ確実に、息の音をとめて谷底へと捨てて


断末魔を聞いたのか、銃声を聞いたのか


私はそういう話かと思っていた


この時、気付いていればよかったのだ


リオンは自分の半身であるシオンから何かを感じ取り、警告していたことを


誤魔化すようにリオンを宥めて、シオンの話を聞くこともしなかった


これが私の過ち


「都合の悪いことを全て隠して、あの子達の傍を離れることが増えてきて」


数週間の間で消えた人間の数を考えれば、何かがあると勘づくのは当たり前だろう


本格的に黒い森に焦点を合わせだしたライナーの手駒達は日に日に増えていった


「シオンは変わっていったわ」


もっていたサンドイッチをキルに与えて、イツキはぼんやりと呟く


「私に何も求めなくなっていった」


おもちゃがほしい

パイが食べたい

絵本を読んで


「もともとぐずったり、我が儘を言う子じゃなかった、だけど」


撫でて

キスをして

抱きしめて

手をつないで

一緒に寝て


あのね、ねえさま


「何も、言ってくれなくて」


私が家を抜け出してどこかに消えるのを、あの子は察していた


出て行くタイミングなんて告げていなかったのに、見事なタイミングで一言だけ私に告げるのだ


「行かないで」


縋るようなソレを、


震えるあの子の声を、


私は受け入れてあげることができなくて


「すぐに、帰ってくるから」


できもしない約束を口にした


不安に押しつぶされかけていたあの子の心を


私は知らないうちに突き放していたのだ





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(1番守らなければならないものを傷つけて)

(それで貴方が大切だなんて、どの口が言うのだろうか)



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