cry of soul 1

□15
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世界が大きく変わる


私の、世界が


見事に色付く


「あっという間の6年だった」


シオンとリオンと、共に歩いた6年だった


変わったのは祖父の目つき


戦争が激しくなるに連れ、祖父の表情は険しくなった


両親が亡くなってからの祖父は何かに夢中だった


「お前が、ルナティスの血を引く者だ」


私の銀の髪を撫でて、


私の金の瞳を覗いて


安心したように祖父が笑った


「イツキ」


ルナティス家の跡取りであった父を失い


穏やかな空気が戦争で塗り替えられてしまって


祖父は心を痛めていたのだと思う


守りたいものがたくさんあって


守ろうと思い詰めて


違う方向へ進み出してしまったんだ







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第15話 び寄る崩壊の音
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「ねえさまっ!」


庭のバラに水をやっていたイツキの腰に軽い衝撃が加わる


「リオン」

「えへへー」


ごろごろと猫のように背中に抱きつく妹リオンに片割れの存在を問うた


「?シオンは?」

「あれ?一緒に来たのに?」


キョロキョロと辺りを見回すリオンの頭を撫で、イツキは木の陰から覗いている小さな少年にふと口元が揺るんだ


気付いて欲しいらしく、チラチラと此方を気にする様子はとても愛らしい


「おいで、シオン」


気付いただけでも喜んで、手招きをすれば頬を染めて、弟シオンは嬉しそうに駆け寄って遠慮がちに服の裾を掴む


ゆっくりしゃがんで目線を合わせる


走ってきたのか少し肩を上下に動かして、燃えるような緋色の瞳が私を覗き込む


はらりと額にかかった前髪をそっと払う


銀色の緩やかな癖毛


(私と、同じだ)


「何して遊んでいたの?」

「あのね レムを追っかけてたの」

「うん」

「でも、レム速いの」

「うん」


この頃のイツキは、レムが話せることを既に知っていたがこの話はまた今度


衛生面からの遠慮と捕まったら遊び道具になるだろうという身の危険も兼ねてレムは双子達に近寄らなかった


「そろそろ、お茶にしましょうか」


穏やかな日差しの下での幸せだったひと時


多分一番幸せだった日常




表情豊かで行動派のリオンと、照れ屋で物静かなシオン


2人は正反対な性格だったがよく似ていた


月の光を閉じ込めたような銀色の瞳も


燃えるような緋色の目も


「たとえ、ルナティス家の金色の瞳を継いでいなくたって」

(私は本当に幸せだった)









手を繋いで夕暮れの坂を歩く


右手にシオン、左手にリオン


ゆらゆらと手を揺らして、童謡を口ずさむ


「ルナティス嬢」

「こんばんは」


町の人々が手を振ってくれ、私も会釈で返す


ニコニコと笑っていた人々が、リオンとシオンの姿を目に捉え、すっと視線を逸らす


この視線にも慣れた


人々は受け入れていない


この子達の存在を


「信仰心の強い都市だったから、なおさらだったかもね」


本当にルナティス家の者か


ルナティスの血に不純物が混ざったのではないか


ヘルガの地盤を、揺るがす存在になりはしないだろうか


そんな声と視線は容赦なく私達を突き刺した


私はいい、そんな誹謗と中傷を聞き流すだけの技術はもっていた


しかし当人達、しかも幼い彼らの心はどうだったのか


ギュッと力を込めて手を握ってきたあの子達に、私はただ同じように握り返すだけ


「大丈夫 何も、心配しなくていいの」


その言葉は、私の冷静さを保つためのものでもあったのだ














まっすぐ1本道


駅からヘルガへと進む


人の往来はそれなりにあるが、活気はあまりない


戦争の傷跡なのか、どこか粗暴で、ギスギスした空気が漂っている


(この空気、とても嫌いだった)


忍び寄ってきた不穏な空気


ジリジリと、焦げ付くような嫌な気配


(…あの時と、同じ)


平穏が、殺されていく





「年を重ねるにつれ、私の身体に変化が訪れた」


普通ではないことに気付いていなかった


周囲の誰よりも視力がよく


周囲の誰よりも速く駆けることができた


周囲の誰よりも上手くバランスをとることができ、


周囲の誰よりも高く跳ねることができた


誰よりも、


それは特別であり、


それは異常であった







「ねえさま、」


お茶の準備をしていた私を困った顔で見上げるシオン


どうしたの?としゃがんで問えば、くるりと後ろを振り返った


「…ボール」

「ああ、木に引っかかっちゃったのね」


コクリと頷くシオンに、大丈夫と頭を撫でる


一緒に遊んでいたらしいリオンも心配そうに此方を見ている


「取れる?」

「もちろん、ねえさまは凄いのよ?」


見上げるような大木だが、大した問題ではない


軽く助走をつけて一気に駆け上る


枝に引っかかったボールを引き抜いて、飛び降りる


上手く着地したのと同時に、リオンとシオンが駆け寄る


「すごい!ねえさますごいっ!!」

「木に乗せちゃうのはいいけれど、川に落としたりしたら追いかけたら駄目よ」

「はいっ!!」


キラキラと羨望の眼差しを受けるのが好きだった


頼られている、頼ってくれる


それは姉としては喜びであり、誇りでもあった


私は、私のこの力はこの幼い弟妹の為だけにあるべきであった


「イツキ嬢」


そう、決して


誰か他の者のための力ではなかったはずだった




















「素晴らしい」


聞こえてきた拍手と同時にイツキの表情が一瞬強張った


(…嫌な人が、来た)


イツキは双子を隠すように声の主へと体を向けた


「実に華麗な身のこなしだ イツキ嬢」

「お誉めに預かり光栄です ディグル=ライナー卿」


ディグル=ライナー卿


ライナー家の領主


祖父と同じくヘルガの片翼を担う男である


彼は各地の戦地を渡り歩いた軍人のなかの軍人


祖父よりも少し若いこの領主が、イツキはとても苦手だった


「…珍しいですね ライナー卿が我が家に来られるなんて」

「少しルナティス卿と話がしたくてね」


勧めたくもない紅茶を入れ、彼へと勧める


シオンとリオンは大人しく私の後ろに隠れている


姿を見せる必要はない、挨拶をする必要も、この人には何も通じない


不躾な視線が私の身体を眺め回す


この人の前にいると、ゾクリと背筋に嫌な汗が流れるのだ


「…祖父はただいま礼拝の時間です もうじき戻ると思いますが…」

「おや、そうだった 悪いことをしたね」

(知っていたくせに)


祖父に会いたい者はまず大聖堂に行く


大聖堂の近くにあるこの別宅は、家族だけの場所なのだ


「イツキ!」


気が重いと思っていたイツキに、別方向から声が飛ぶ


(…もう1人、いたのか)


「こんにちは ラルフ=ライナー卿」

「ラルフと呼べと言っただろう イツキ」


今日も美しい、と髪に指を絡めて唇を落としたこの男に溜め息をつきたくなる


無遠慮な手つきと何かとリードしたがるこの言葉遣い


父親譲りの金髪と、彼も軍人であるからか、20過ぎの体躯は常人よりも逞しいものであった


何かと自分に愛想を振り向くこの息子もイツキは苦手であった


親が親なら息子も息子だ


「やあ、リオンにシオン 相変わらずイツキにベッタリだな」

「「…………」」


威圧的な態度、高圧的な言葉


表面では笑っていても、目が刺すような視線を放つ


「すみません、照れているみたいです」


その視線から隠したくて、イツキは2人をそっと寄せた


この親子が来てから、2人は一言も発しない


賢い選択だ


リオンとシオンはよくわかっている


子供は敏感だ


自分に対する感情を肌で感じとる


「いや、今度は家に遊びにくるといい」

「喜んで」


適当に言葉を返し、背筋をピンと張る


物怖じしたらつけこまれる


そんな恐怖が常に付きまとう


「リオン シオン おばあさまにライナー卿がいらしてると伝えてきて」


この空気のなかにこの子達を置いておきたくなくて言った一言


それなのにリオンとシオンはより一層イツキに寄り添った


「よほどイツキ嬢と離れたくないとみえる」

「妬ける話だ 私もイツキと甘い時間を過ごしたいものだ」


からかうような言葉は聞こえないふりをして、そっと2人の背中を押す


「…大丈夫だから 行きなさい」


この子達を見るその目


卑しい者を見る目つき


私に対する視線


離れてはいけないと、こんな小さな子に思わせる危険な存在


それが私の嫌いなライナーだった


「すみません、ちょっと祖母に伝えて…」

「君は」


イツキの言葉を遮り、ディグルが近づく


「…何でしょう?」


隙を見せるものかと自分をじっと見据える少女を愉快そうに見遣って彼は言葉を続けた


「かつてのヘルガを知っているかね?」

「君主制の時代のことを指されておられるなら、祖父母から少々」


この話は祖父がとても嫌っていた


ライナー卿が来る時の用件は常にコレ


建前を全て消すかのように、ディグル卿が私に語りかける


「ヘルガには、王がいた」


国の象徴であり、絶対的な存在


王が欲しいと口にすれば、存在するかもわからぬ宝玉を探した


王が殺せと命じれば、大切な我が子でも首を跳ねた


人々は支配されていた


王の絶対的な力と、その恐怖に


「愚かな時代です」

「しかし王はそれだけの力とカリスマ性を持っていた」

「本当に必要とされていたのなら、滅びたりはしないでしょう」


民は苦しみ、嘆き、怯え続けた


そのフラストレーションが溜まりに溜まり


ある時 とうとう民の怒りが爆発した


王の首を落としたのは2人の男達


「まぁ そこから我々は力を持ったのだがね」


初代ルナティスとファイの領主達だった


彼らは各々の得意な分野、武力と知力でその地を治めた


「我々の代で執政を終わらせ、再び王政を蘇らせてはどうだろう?」

「必要性が見受けられません」

「必要だから提案しているのだ」


淡々と答えるイツキに態度がディグルの気に障ったのか声を荒げた


それでもイツキはだた背筋を真っ直ぐ伸ばして耳を傾ける


「折角の力をみすみす弱らせる気か?ライナーの力とルナティスの知識が合わされば国1つ落とせる!」


自分に鋭い視線を投げかけるイツキが気に入らなかったのか、卿はイツキの顎を掴み自分と無理矢理視線を合わせた


狂気にも似た感情の孕んだ瞳が、私を見る


「我々のものになれ ラルフと血を交え、両家はひとつとなる」

(いつものことだ)


この男が欲しいのは私の血だ


ルナティスの純血を


「何をしておる」


低く唸るような声が聞こえた


「私の孫に、何をしておる」


怒気を含んだその声に、イツキの顎を掴んでいたディグルは応えた


あの貼り付けた笑顔と共に


「美しい金の瞳をよく見せて頂いていた…残されたルナティスの血を、な」

「お主が心配せずとも、まだ可愛い孫が2人もおるよ」


祖父の、フェインのその言葉にディグルとラルフが嘲笑うのをイツキは見た


馬鹿にしている


シオンとリオンの存在を否定する嘲笑だ


「エレナ!」


フェインが共に来た妻に告げる


「御者に連絡を ファイ殿はお帰りだ」


イツキ、と愛孫を引き寄せ有無を言わさず彼等の帰りを告げた


「そうか、もう夕餉の時間であったな ラルフ帰るぞ」

「はい 父上」


思ったよりもあっさりと、引き下がる姿を見せた男は笑顔で振り返る


そして、ディグルは楽しそうにフェインに言い放った


「イツキ嬢は、素晴らしい才能をお持ちだ」


イツキには何のことかわからなかったがフェインの眉がピクリと動いた


「実に、素晴らしい」


その言葉に隠された意味を知る日はそう遠くなかった


ディグルの意味深な笑顔とラルフの読めない笑顔


イツキにはソレが


彼等の笑顔と言葉の真意はわからなかったが


祖父の心を、妹弟の笑顔を


彼らはきっと脅かすと直感した


アレはきっと何かを、私の守りたい何かを奪い取る


イツキのなかで、風がざわついている


強い風は、心の鐘を、警鐘を鳴らし続けるのだ


(何も、)

(何も起こらないでくれ)


ただそう強く願うばかりであった



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(私はただ、この日々の中にいたいだけ)
(どうかソレを壊さないで)



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