cry of soul 1

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「ジェリーさん、Aセット1つ」

「あらん、それだけで足りるの?」

「ええ、あとキルとレムにも」

「了ー解 チェリーと…そうね、今日は美味しそうなマグロが入ったわ」

「ありがとうございます」


クラブサンドとシーザーサラダ、コーンスープと果物


この半年の間でイツキの食生活は大きく変わっていた






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第8話 者の声
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「……そんだけで足りるのかよ」

「まあね」


初めの頃は、凄まじい量を平らげていたのを知っている分、神田には目の前の光景が今でも信じられない


「寄生型は腹減るんだろ?」

「イノセンスが馴染まないうちはね」


最近はもう慣れたもので、食事も普通の量に減らした


食べても食べても満たされないのは事実だが、別に動けなくなるほどの話ではない


どこまで食べても同じならば、普通の量でも特に問題はないのだ


「私よりも、神田の方が栄養が偏るよ」

「ほっとけ」

「放っておいたら、また食べないでしょう」


トンと出された果物に、神田が眉根を寄せる


「葡萄、好きでしょ?」

「…………」


一粒摘んで口に入れれば、イツキがにこりと笑う


(…随分柔らかい表情をするようになったな コイツ)


初めて逢ったあの殺気立った気配はどこかに姿を消していた


本来はこちらの気質がイツキのものなのかと感心しながら、神田はもう一粒と葡萄に手を伸ばした


空気としては悪くない


比較的穏やかな朝だった







「ううっ…ちくしょう…」


そんな朝に似つかわしくない呻き声


「なんで、なんでお前が死ぬんだよっ…!」


このような会話も、此処に属するようになってから何度か耳にするようになった


此処は学校や普通の職場ではない


生と死が隣り合う戦争の拠点


時折大きな被害が出るらしく、大抵その翌日はこういった空気が彷徨いこむ


「くそっ…くそっ!!あの時なんで…」


未練を引きずる声と、無遠慮な鼻を啜る音に聞いている此方の方が気まずくなる


泣いているのは探索部隊の男


どうやら身内に死者が出たようだ


(…理解は、しているのだけれど)


本来ならこういった公の場で、人目を憚ることなく泣くことは此処ではマナー違反だ


それでも、人の死というものがどれだけ人の心を抉るか、イツキは知っていた


だからこっちが場を離れようかと考え出していたのだが、


「うるせぇ」


声はそんなにも大きくなかったのに、思ったよりも響いたその声がイツキは小さく溜め息をついた


グズグズと泣いていた男からの音が、パタリと止んだ


(…ひと揉め、あるかな)

「余所でやりやがれ」


思ったよりもキレるまでは長かったなと思いながら、イツキは黙って場を見守っていた


空気が変わる


ああ、これはやはり駄目だ


(どちらが悪い、という問題でもないけれど)


まあ、何が悪いかと言えば、悪いのは神田の口だろうが


「何だと!コラ!!もう一度言ってみろ!!」

「やめろっ!バズ!!」


男の怒鳴り声でガチャリと食器が震える


パクパクと食事をしていたキルとレムも小さく溜め息をついた


(…喧嘩、買っちゃうんだ)

(神田に敵うわけなかろうに)


意外とこの相棒達も落ち着いているようだ


無駄に騒がない相棒達に、いい子とそっと笑っている間に騒ぎは大きくなりだしていた


「メシ食ってる時に後ろでメソメソ死んだ奴らの追悼されちゃあ、メシが不味くなるんだよ」

「…神田、」


辛辣だが、わからないわけでもない


イツキも神田に意見するわけではないが、それでも空気は凍りつくばかりだ


「まだメシ食ってる最中だろ お前が席を立つ理由はねぇよ」

「気遣いは嬉しいのだけれどね…」

「それが殉職した同志に言う言葉かっ!!」


いつまでも自分達の方を見ようともしない神田に苛ついたのか、バズと呼ばれた男がさらに声を張り上げる


食堂の喧騒は拡大するばかりで収拾がつかない


「俺達探索部隊は、お前達エクソシストの下で毎日毎日サポートしてやってるのに!!」

(ああ、これも駄目だ)


"サポート"という言葉と"してやってる"という言葉は意味が真逆だ


また神田を煽るのかと眉を顰めたイツキを、バズの鋭い視線が捉えた


「そっちの女は任務にすら行かねぇのか この臆病者が!!」

(まあ、そう言われても仕方はないか)


別に怖いわけではない


ただまだ未熟と判断されてしまっているだけだ


特に怒りも悲しみも覚えなかったイツキだが、相棒達は違ったようで


(…俺、アイツぶっすりやってきていいよな)

(やめとけ、イツキの管理能力が問われる)


フォークを抱え、飛ぼうとしているキルに溜め息をつきながらレムが答える


小さな会議が行われているのも知らず、特に挑発に乗ってこないイツキ達に腹をたてたのか、


バズは武力行使に出た


「それを、メシがマズくなるだとっ!!」


彼は殴りかかったのだ


1探索部隊の人間が、エクソシストに


「うぐっ!!」

「神田っ」


軽々と拳を避け、振り向きざまに神田はバズの首を締め上げる


あの細腕のどこにそんな力があるのだろうか、ギリギリと締まる首にバズの顔が青ざめていく


「サポート、してやってるだ?」


やはりあの言葉が頭に来たのか、鼻で笑った神田は続ける


馬鹿を言うなとでも言いたげに


「違げーだろ サポートしかできねェんだろ?」

(………また、なんでそういう言葉しか)


その的を射た言葉に、周囲の探索部隊も目付きが鋭くなる


もうこれは自然には収まらないと判断して、イツキが小さく溜め息をついた


「エクソシストに選ばれなかったハズレ者が、ごちゃごちゃ言うな」


それに、と神田がちらりと私を見て言葉を続ける


「コイツはコムイの許可も得てる 群れないと生き延びれもしないお前らが、臆病者なんて言葉吐くんじゃねぇよ」


ざわつく場をぼんやりと見ながら、イツキは思い出していた


神田は言った


選ばれろと


探索部隊にはなるなと


エクソシストが少ないのに半年間も任務もほとんど与えず修業を積ませろと進言したのも、実は神田だとコムイから聞いている


神田はわかっていたのだ


どんなに彼ら探索部隊がサポートに回ろうと、実質AKUMAを殺せるのはエクソシストでしかないことを


その悔しさを、私が知っていることも


彼らの死が価値がないと思ってるわけではないが


人の命は得てして平等だ


しかし、"稀少価値"という意味ではエクソシストの方が遙かに高いのだろう


ハズレかアタリかは知らないが、力を求める自分にとってはエクソシストは"アタリ"なのかもしれないと思った


「げふっ」

「死ぬのがイヤなら出てけよ お前1人分の命くらい、いくらでも代わりはいる」


その言葉を否定する自分もいなかった


的を得ているとさえ思った


怖いと思うなら止めればいい


引け腰で挑んでも待つのは死だけだと思うから


死ぬのが嫌なら止めるべきだ


恐怖を抱えたまま飛び込めば、確実に死に呑まれる


探索部隊なら抜けられる、逃げ出せれる


逃げることを許されないというエクソシストとは違って


「ストップ」


突然、赤い左手がバズの首を絞める神田の腕を掴んだ


はっと気付けば、バズは既に泡を吹いている


止めることがすっかりおざなりになっていた自分に、イツキは呆れた


「関係ないとこ悪いですけど、そういう言い方はないと思いますよ」

「アレ…」

「放せよ モヤシ」


上手いタイミングで止めに入ってくれたアレンに声をかけようとしたイツキの言葉を遮って、神田は妙な呼称で彼を呼ぶ


「(モヤ…っ!?)…アレンです」

「はっ、1ヶ月で殉職しなかったら覚えてやるよ」


モヤシ呼ばわりするアレンの神田への不快度が増すと同時に、ギリギリとアレンの神田の細い手首を掴む力もまた増した


「ここはパタパタ死んでく奴が多いからな、こいつらみたいに」

「…だから、そういう言い方はないでしょう?」


なかなかアレンが引かないせいか、苛立ちがアレンへと向かいだした神田がまた暴言を吐く


「早死にするぜ、お前 嫌いなタイプだ」

「そりゃどうも」

「…これは、死者の声だ」


睨み合いが続くなか、イツキの声が割って入る


今まで介入しなかった彼女が声を発したことで、視線が集まる


いい加減、この混沌とした空気を終わらせたいと思ったイツキの言葉


それは彼女の優しさからか、ただの呟きだったのかはわからないが


「死者には声は、届かない」


それでも人は嘆く


死者が愛しくて


「賞賛も、懺悔も、言い訳も、彼らには届かない」


人は、失った経緯ばかりを思い返す


己の力不足が故に失えば、尚更のこと


その嘆きは、誰のものだろうか


死者に己の罪を科させるな


死者に己の罪を言い訳するな


死者に愛しさだけを与えよう


全力で愛したのならばその分だけ


「悲しみも憎しみも、すぐには癒えない」


伝えたい


伝わらないが、この想いを


記憶に残る無念さの変わりに言葉に込める


「想いは捨てなくていい ありったけの愛と慈しみを胸に抱え込め」


聴いてきた


死者の声を、魂の声を


彼らは何を望むのか


「でもそれは、自分が壊れないためのものだ」


彼らは望んでなんかいないのだ


蘇ることが叶うわけがないと誰よりも理解しているから


もう共に、愛しい人と歩けないなんて充分に悟っているから


「静かに彼らに祈れ それだけで彼らの声は小さくなる」

「魂を、眠らせてやれ 叶わぬ願いの夢なんて、思い出させてやらないでほしい」


まるで全てを見たような言葉に、食堂がシンと静まり返る


「神田 葡萄、私も食べていい?」


何事もなかったように食事を再開するイツキに毒気が抜かれたのか


神田もアレンをひと睨みすると着席し、食事を再開した


中心人物が引き上げたせいか、探索部隊の仲間もバズを連れて場を離れる


食堂は再び平穏な時間を取り戻そうとしたのだが、


「おっ、いたいた!おーい、そこの3人」


バタバタと走りまわる音と大きな声


振り返れば、騒ぎを知るよしもないリーバーがこちらに手を振っていた


「10分でメシ食って司令室に来てくれ 任務だ」


平穏から戦場への収集であった






渡されたファイルは同じ装丁のものが3つ


コレが意味することは1つ


「3人で行ってもらうことにしたよ」

「!」

「!」

(初任務…)


ようやっと許された任務に少し感動しているイツキを余所に、神田とアレンがコムイに喰ってかかる


「俺とイツキで充分だ」

「僕だってイツキとで事足りると思います」

「南イタリアか… そういえば行ったことなかったな」

「…イツキくんはともかく、なに?もう仲悪いわけ?キミら」


リナリーから渡された資料を捲るイツキを余所に、神田とアレンの間の空気はすこぶる悪い


そんな2人に呆れたようにコムイは笑った


「まあ、我が儘は聞かないけどね」


コムイが地図を開きながら釘を刺す


「南イタリアで発見されたイノセンスを保護してくれ」


これがイツキの初任務であった


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