R×Y

s.t.v.d.2010
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「ところでさ」
「あ?」
「何か悩み事?どうすっかな、とか言ってたよね?」
「っ」

突如話を振られて、神田は言葉を詰まらせた。
リナリーからのチョコレートの事で頭が一杯なのだろうと油断していたせいだ。

「べ、つに…」
「ボクで良ければ相談に乗るよ?…あ、もしかして…」

そこで一旦言葉を切ったコムイは、神田の耳元に顔を寄せると小声で問い掛けた。

「リーバーくんにチョコレートあげるの?」
「っっ!!!」

あまりにも図星な問いに、神田が素直に肯定出来る筈も無い。
神田とリーバーの関係を知っているコムイがその考えに行き着いたのは寧ろ自然な事なのだが、恋愛経験皆無の神田にとっては何故わかってしまったのかが不思議で仕方なかった。

「いやあ、愛されてるねえリーバーくん」
「刻まれてぇかコムイ…」

うんうんとひとりで頷くコムイを、いっそ消し去ってしまいたくなった神田。しかしいつも身に付けている愛刀は、今は鍛錬場の隅っこでタオルと一緒に鎮座している。

「リーバーくん、凄く喜ぶと思うよ?」
「……」

刻まれる心配が無いと悟ったのか、コムイは距離を開かないまま語りかけた。
今の神田に必要なのは、誰かの僅かなひと押しなのだと気付いたかの様に。

「…今からじゃ、用意とか…」
「んー、当日だしねえ…。あ、そうだ!いい考えがあるよ?」
「?」

暫し思案していたコムイは、自らの名案を嬉々とした様子で神田に耳打ちするのだった―――。


◇◇



「あー、こっちは明日提出でいいとして、これは今日中に室長にハンコ貰ってと…」

研究室のデスクに張り付いて書類の山を選り分けるリーバーの姿を見つけた神田は、気を落ち着ける為にひとつ深呼吸をした。
ただ、手の中にあるそれを渡せばいいだけ。それだけだ。何も気負う必要は無いのだ。

自身にそう何度も言い聞かせて、神田はいざ出陣とも言いたげな迫力を醸し出しながら、リーバーへと近付いて行く。
カツカツと多少大きめな音を立てて歩くが、仕事に熱中しているらしいリーバーは気付かない。
デスクの真ん前に立っても、まだ。

顔を上げて向こうから声をかけてくる事をいくらか期待していた神田はそれを諦め、なるべく平静を装って声を出した。

「おい、リーバー」
「後こっちは二班に…、ん?神田?」

ようやく顔を上げ神田に気付いたリーバーは、仕事に没頭しているうちに出来ていた眉間のシワを緩めて、柔らかな表情に戻った。
いつもの、優しいリーバーの顔。
それを見た神田は、無意識に緊張していた身体が自然と楽になるのを感じて、肩の力を抜いた。

「他の連中は?」
「え?ああ、一段落したからさっき上がらせたけど」
「一段落って…リーバーはまだ仕事してるじゃねえか」
「ん?後はこれ分けるだけだからさ」

これ、と言ってリーバーが指した書類の山は、神田などはひと目見て頭痛を覚える高さに積み上がっている。

「これひとりでって…いつまでかかるんだよ?」
「んー、今日中には終わるぞ?多分」
「今日中って…まだ夕方だぞ」

いっそ手伝えれば良いのだが、資料を探してくるとか何かをどこかにしまうとかならともかく、書類の選別となると神田にはお手上げだ。
となると、今の神田に出来る事といったら、ひとつ位しか無い。
ならばせめてそれくらいはやろうと、神田は行動を起こした。

「…これ」
「ん?」

神田が突然差し出した物。リーバーはそれを、不思議そうに眺めて口を開く。

「コーヒー淹れてくれたのか?」

視界に映るのは、湯気を立てるマグカップ。だからリーバーはそう訪ねた。
けど、そのマグカップから届く薫りは、コーヒーにしてはどうも甘すぎる気がした。


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