R×Y

朝の戯れ
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神田の部屋に泊まる事になった。
原因を作ったのは俺。泊めてくれと頼んだのも俺。
きっかけは不慮の事故だったし不可抗力だったしで、別に期待なんてしてなかった。半ばダメ元で頼んでみたんだ。
けど何がどうなってか、神田の返事はyesだった。 その瞬間、自分はどれほど締まりの無い顔をしたんだろう。この場に鏡が無くて良かったと心底思った。

で、神田の部屋で過ごす事になった訳だけど。
一応まあ、あれだ。俺と神田はれっきとした恋人同士な訳で。
でもまだ片手で足りる数のキスをした以外はこれといった進展はしていない。
スキンシップが苦手な神田に対して無理に急かすつもりも無いけど、俺だって聖人君子じゃないんだから人並みに欲はある。いずれは肌を合わせたいと思っているのも事実だ。
けど、付き合い初めて最初の泊まりで(そういえば初めてだった)それを望むのは性急だろうと、なるべく意識しないようにしていた。なのに、一体どこで間違えたのか、歯車は狂って。俺は神田をベッドに組み伏せ、キスを落とした。
結局邪魔が入って中断はしたけど、肌の白さや滑らかさ、腰の細さ、それから吐息の甘さなんかを知るには充分すぎて。
それらの余韻で頭が一杯の俺が、普通に安眠なんて出来る筈も無かった。…神田が寝惚けて抱き付いてきたから、尚更。いや嬉しいけど、嬉しいんだけど。この時は流石に酷だったな、うん。

んで、気をまぎらわそうと頭の中で科学式を唱え続けた俺は、明け方になって気を失うに近い形で眠りについた。


――そして、今に至る。


「………あ?」

目を覚ました時、俺は自分がどこにいるかを理解するのに少し時間がかかった。
ベッド回りが殺風景だと考える事、数秒。
窓枠のデザインが違うと考える事、数秒。
布団から僅かに香る匂いの正体を考える事、数秒。
そこで俺ははっきりと覚醒した。
この香りを。この石鹸の香りを。誰のものかと考えるのなんて、今更すぎた。

「神田…?」

そうだ。ここは神田の部屋で、神田のベッド、だ。
でも肝心の神田がいない。
腕時計を見ると時刻はまだ6時を回ったばかりだった。
こんな朝早くから神田はどこに、と思考を巡らせながら布団を抜けて、足を床に下ろそうとした瞬間、部屋の入り口のドアが開いた。

「起きたのか、リーバー」
「神田…?」

ここは神田の部屋なんだから、神田が入ってくるのは当然だ。だけど俺は一瞬、誰が入ってきたのかと、大層見当外れな事を考えた。やっぱりまだ少し、寝惚けているのかもしれない。

「何だ、ボーッとして。起きたばかりなのか?」
「あ、うん。神田、朝稽古してきたのか?」
「ああ」

下は稽古着、上はサラシと肩に引っ掛けたタオルだけなんて、いくら稽古帰りとはいえ冬には似つかわしくない。 あんまり無防備な格好で教団内を歩かないで欲しいんだけど、神田にそれを言ったところで流されるのは目に見えてるんだよな。…はあ。
神田はそのまま、シャワーを浴びると言ってシャワールームに消えて行って、俺はまたひとりになった。

そういえば俺の部屋のガス、もう消えたかな。神田が出て来たら戻ってみるか。
ベッドに腰かけたままボンヤリと外を眺めたり蓮の花を眺めたりして、10分程経った頃だろうか。シャワールームのドアが開いた。
…のは良かったんだけど。


「か、」

たっぷり数秒間、俺は固まっていたと思う。神田が腰にタオルを巻いただけの格好で出てきたからだ。

「ど、どうした?神田…」

突然半裸で現れた恋人を前に、どう対処すれば良いのかわからない。しかし神田は至極アッサリと「着替えを忘れた」と告げて部屋を縦断し、衣装棚を開け、今から身に着けるのだろう服を大して選ぶ様子も無く引っ張り出している。
その後ろ姿の、背中のラインの綺麗さに見とれている内に、俺は軽くどこかに行ってしまったらしい。
気が付くと神田が眼前に迫ってきていて、飛び上がる勢いで驚いた。

「うわっ!?」
「うわっ!?…って何だよ!いきなりデケェ声出すんじゃねーよ!」
「あ、ああ、悪い。って神田が急に目の前にいるからだろ?」
「何が急にだ。何度も呼んだのにリーバーが気付かないからだろ」
「え。呼んだ…のか?」
「ったく。何ボーッとしてんだ。まだ寝惚けてんのか?」
「いや…、悪い」
「…別に。俺は着替えたら朝メシに行くから、眠いなら寝てていいぜ」


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