銀魂

□愛された記憶が少なかった
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昔っから、素顔を見せない奴だった。泣きっ面見せるなんざもっての他で、相談事もしてこない、そのくせ他人の荷はどんどん背負いこんでる馬鹿みたいな女だ。

だけどそんな女でも、周りに人が集まってくるのは確かで、俺もまたその中の一人だった。

大人びた表情、冷静な眼差し、時折見せる悲愴感漂う口元。全てが魅力的で、気づけばてんで抜け出せなくなってる。

けどまあそれはえらい美談な表現法であって、悪く云えば、変に冷たい奴だった。




こっちが心を開いてもちっとも素顔を見せてくれねえ。悲しそうな顔をしてる時があって、何かあったのか聞いてみても、結局は首を横に振って無理して笑顔を見せる。

暖かい笑顔に優しい声色。なのに俺にはそれが随分と冷たいように感じてならなかった。




時を数える内にどんどんその感情は高鳴ってくる。

また一人で、また背負いこんで、俺は何だか馬鹿にされてるように感じた。

まるで、「誰がお前なんかにこの荷を持たせてやるもんか」みたいなことを云われてるような、あるいは「信用って何ですか」と聞かんばかりのあの冷めた表情はとうとう俺の我慢という理性を突き飛ばした。




もう俺には無理だ。
もう疲れた。
もう無駄なんだ。






「なァ、」

「はい、何ですか銀さん」

「俺達さ、」








「別れねェ?」








長い沈黙、耳が痛い。静かな空間が、妙に煩かった。胸の鼓動も、どくどくと煩かった。

何故なら目の前の彼女は只今彼氏に別れの宣告をされているにも関わらず顔色一つ変えずに、眉一つ動かさずに、真顔のままでいる。

そこで暫くたっただろうか。女はあっさりと、信じられない言葉を口にした。





「そ、」

「…」

「なら、別れましょう」





ぶわあっと鳥肌が立つのがわかった。心臓は限りなく飛び出しそうに動いている。

驚きと不安と怒りとわずかな敗北感を胸に、俺は気づいてしまった。

俺は子供だ。

別れようなんていって、彼女の気をひこうとしていた。自分が愛されてるという実感が欲しくて、唯相手を試してたんだ。

別れるはずがない。彼女がそんなこと望むはずがない。そう思ってた。

何て甘っちょろい男だ。女々しいにも程があらァ

結果、空回りで、愛する女にも見切りつけられて、哀れすぎて御天道様にも合わせる顔がねェ





「さよなら、楽しかったわ。ありがとう」

「…!」





待てよ、なんて言葉も出す間も与えずに彼女はそそくさと万事屋の古びた扉をぴしゃんと閉めた。

何だよ、何だよ、未練もねえってか。せいせいすらァってか。


やっぱり俺だけ馬鹿にされてたんじゃねえか。意味分かんねえよ。

振り返ればいいだろ、躊躇すりゃいいだろ、別れたくないって云えばいいだろ。


なァ、頼むから、傍にいてくれよ







「…」

「銀さん、」




ソファに座って天井を見上げていると渇いてもうすっかりでなくなってたはずの水が俺の頬をつたっていた。

上から声が降ってきた。俺の視界には先程出て云ったはずの女の呑気な顔が確かに存在している





「…」

「泣くぐらいなら、始めからそんな下らないことおっしゃらないでください」

「…お前、何で、いんの…」




状況を理解できないまま、思った通りの疑問を口にした瞬間、ああそうかと俺の思考が納得の意をキャッチした。

そうか、はめられたんだ。





「ズッリー女」

「それ、性別だけ変えてそっくりそのままお返しします。私を試したんでしょう。だから私もその遊びに乗ったまでの話しですよ」

「だからってよォ、」

「それとも何ですか、私が本気であんなこと云ったと思ってたんですか。そんなわけなでしょ。私が貴方と別れたいなんて思うわけないじゃない」

「…あーもう、それ以上云うなって」





俺は乱暴に瞳を拭うと女をすっぽりと自分の腕の中に入れて、自分の顔を見られないようにする。

情けねえよ。情けなすぎる。たかが女一人にどんだけ振り回されてんだ





「別れようって云ったり、抱きしめたり、正直貴方は何がしたいんですか。私にどうして欲しいんですか」

「傍にいてほしい」

「じゃあ下らない冗談はもうやめてくださいね」





彼女ははあと大きく息をはいた。その音さえ大切に思えたから、俺はそっと腕の力を強めてみる。

そして小さく囁かれた声を俺は見逃しそうになりながらもしっかり捕えたのだ。





「ショックで心臓、とまっちゃうかと思いましたよ」










愛された記憶が少なかった

嘘つけよ
本当は
気づいて
なかっただけだ









******
拝具、

ヘタレな坂田が好きだ。


 

 

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