novel

□その一言で
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エクセラは滅多に、俺に対して怒りを露わにする事はない。だが、近頃は何かと苛立っているのがよく分かる。
そして、その苛立ちは今、この俺に向けられている。

「……………アルバート?」

ソファに腰掛ける俺の目の前には、腕を組みこちらを睨み付けるエクセラ。長い沈黙の後、怒りを抑えた声で俺の名を呼ぶ。サングラス越しにエクセラの目を見れば、明らかに怒りの色が見える。

「……何だ」
「何だ、じゃないわ。私が、どうして、怒ってるのか…分からないの?」

エクセラが苛立っている理由など知る筈もなく、思い当たる節もない。ならば、無意識の内にエクセラを怒らせるような事をしたのだろうか。

(心当たりなどないが…)

「俺が…何かしたか?」
「いいえ?貴方は何もしてないわ」

俺の問いにエクセラは首を横に振る。

「私は貴方が、何もしないから怒ってるのよ?」

何故何もしていない俺が、こうも怒られなければならないのか。ますます訳が分からない。思わず視線を泳がせれば、エクセラは溜め息を吐いた。

「じゃあ、ヒントをあげるわ。私が貴方に愛してるって言ったら貴方、何をする?」

エクセラに愛してると言われたら俺は、その細い体を抱き締めて口付けるだろう。だが、それに問題があるのだろうか。否、何の問題もない筈だ。寧ろ、それの何処がいけないのか。

「貴方は私を抱き締めてキスするわね?」
「そうだな」
「それで?」
「それで、とは?」
「分かったの?」

エクセラの問いに、僅かに顔を横へ向ければエクセラは珍しく声を張り上げた。

「本当に分からないの!?」
「ぁ、ああ…」

狼狽えつつ肯定すれば、盛大な溜め息を吐かれた。そして、静かに口を開いた。

「愛してる人に、愛してるの一言も言われないのがどれくらい辛いか、貴方は知らないでしょうね」

確かにその辛さは、俺には理解が出来ない。何故ならエクセラがその言葉を口にするから。

「貴方はきっと、言葉にしなくても態度に示せば良いと思ってるんでしょう?」

その通りだ。だから俺は、エクセラに言葉で返すよりも口付けを贈る。

「だけど私は、言葉にしてくれないと不安なのっ…!」
「エクセラ…」
「これは我が儘なの?私は欲張りかしら?」

エクセラの大きな瞳に涙が溜まっていく。

「時々で良いから、言葉にしてほしいの…。それが嫌なら……私なんて今すぐ捨てて」

エクセラが瞬きをすれば、涙が雫となって零れ落ちた。涙で濡れた目を逸らし、再び口を開く。

「…ごめんなさい。面倒よね?だから私も、貴方に言わないことにするわ」
「何…?」
「もう貴方に愛してるなんて言ったりしないわ」

そう言うと、エクセラは背を向けた。部屋から出て行くつもりなのだろう。ドアに向かって歩き出す。

(俺に、愛してると言わない…?)

俺に愛を囁かないエクセラを思い浮かべる。愛してると言わずに抱き付いてくるエクセラ。愛してると言わずに口付けてくるエクセラ。そんなエクセラを思い、背筋がゾクリとする。そんなものは考えられないと、全神経が訴える。
ふと、エクセラを見ればドアノブに手を伸ばそうとしていた。俺は、即座にエクセラの背後に回り、 その手を掴んだ。

「っ…!」
「エクセラ」

俺の手から逃れようと抵抗を示すエクセラを抱き締めた。それでも抵抗していたが逃れられないと確信したのか、大人しくなった。

「悪かった」
「自分の何が悪いかすら分からなかったくせに?」
「ああ」
「……本当に捨ててくれて構わないのよ?」
「クッ…捨ててやる気などない」

俺の言葉にエクセラは、安心したように俺の背に腕を回す。胸板に頬を当て、小さく溜め息を吐く。

「それと、撤回しろ」
「撤回?何を?」
「さっきの言葉だ」
「愛してるって言わない事?」

小さく頷けば、エクセラは笑う。

「嫌だったの?」

当たり前だと独り言のように呟けば、エクセラの肩がより一層震えた。

「ふふふっ…。でも、嫌よ」
「何っ…!?」
「だって私だけが言うの?なら、嫌よ」

エクセラは顔を背け 、俺と目を合わせようとしない。それが気に入らなくて、耳元で言ってやる。

「…愛している」
「ふふっ…私も、愛してるわ」

大きな目は嬉しそうに細められ、艶やかな唇は弧を描いた。
愛してる、その一言で喜ばせることが出来るなら、俺はお前の為にこの言葉を紡ごう。









その一言で



(お前を笑顔に出来るのならば、何度でも言ってやろう)






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