novel

□マイダーリン、マイハニー
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(私に命令するだなんて…まぁいいわ)

私は小さく溜め息を吐くと注射器のキャップを外し、注射器内の空気を抜いた。準備の整ったそれを手にウェスカーを見れば、無言で私の膝の上に左腕を置かれた。その腕に注射針を刺し薬を投与する。そして空になった注射器をキャップを着け、アタッシュケースへ戻した。薬の投与を終えた、が膝の上の重みはなくならない。

「…ウェスカー。終わったわよ?」

普段ならばそんなものはすぐに払いのけてしまうが、何故かそんな気にはなれなかった。だから声を掛けた。それでも腕は掌を上にした状態で、私の膝に乗せられたまま。

(…本当、何なのかしら。……でも、凄く素敵だわ)

ウェスカーの左腕に恐る恐る手を伸ばして触れてみる。程よく筋肉のついた、引き締まった太い腕。手首辺りから肘の方へ一筋の血管が浮き出ている。私の腕にはないそれに、心惹かれる何かがある。二の腕に触れる。こちらもやはり引き締まっている。肘を曲げているせいか、筋肉が僅かに隆起していた。自身の左手を彼の手首に添えたままで、右手を肩の方へと滑らせた。ガッシリとした逞しく広い肩。この逞しさに女心を擽られてしまうのだろうか。

「…逞しいのね」

ポツリと呟いた。そして、手首に添えたままの左手を彼の掌へ乗せた。大きな掌の上でクルクルと人差し指で円を描いた。それから、生命線があるであろう場所をなぞった。

(彼の"手"に触れたいわ…)

そう思ってしまう。

「外しても…いいかしら?」

薄い革のグローブに包まれた親指を弄りながら問えば、ウェスカーはこちらをチラリと見て「好きにしろ」と短い言葉を返した。
了承を得た所で、グローブの上から捲かれた腕時計を外し、テーブルに置いた。丁寧に一本一本グローブから指を抜いていった。グローブを外せば、骨張った男性らしい手が現れた。手を掴んで180度回転させて手の甲を見た。手の甲には血管が浮き出ており、指の骨が深い筋となっていた。指は決して細くはない。関節の節が太く、どの指も長くて綺麗だった。また、彼の掌を上にする。その手に、右手を添え、指を絡ませた。

「綺麗なのね…貴方の手」

ふふ、と小さく笑いを漏らせば、絡めた指をそのままに手が彼の口元へ運ばれ、柔らかな感触のものが手の甲へと押し付けられた。

「綺麗なのは、お前だろう…」

低く声で囁かれる。予期せぬ不意打ちにドキリと胸が跳ねる。じわじわと顔に熱が集まっていく。思わず目を逸らせば、顎に手を添えられた。自然とウェスカーへ視線を戻してしまう。

「…俺を見ろ」
「…ウェスカー……」

見つめ合えば彼の顔が近付く。だが、名を呼ぶとピタリ、と止まった。間近かで 見る彼の顔は、不機嫌そうに顰められていた。

「ウェス…「アルバート」
「…え?」
「アルバート、だ」

どうやら、ウェスカーではなく"アルバート"と呼べ、ということらしい

「……アルバート?」

そう呼べば、彼は口角を上げた。

「それでいい…」

また顔が近付けられ唇が触れ合う。始めは触れるだけだった口付けは、段々と深くなっていく。

「…エクセラ」
「ん……はぁ…アルバート…」

アルバートに名を呼ばれると、胸が熱くなっていく。

「…俺のものになれ」

口付けの合間に彼は呟いた。暫く互いの口腔を味わうと、名残惜しげに唇が離れていく。

「…私が貴方のものなら…貴方は私のもの、ね?」

微笑んでそう口にすれば、彼は私を腕の中へと閉じ込めた。

「そうだな…」

彼の小さな呟きを耳にした私の胸は、歓喜に満ち溢れた―――。







マイダーリン、
マイハニー


(私は貴方の胸に堕ちてしまった)






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