novel
□今になって気付いた事がある
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これまでの研究や綿密な計画は今日、この日の為にしてきた。なのに、俺は何を躊躇っている?そんな必要は何処にもない筈だ。
今夜、ウロボロス・ウイルスは、世界に解き放たれる。爆撃機に搭載されたウロボロス・ミサイルは、対流圏界面に到達と同時に発射される。ミサイルより飛散したウイルスは、対流圏上部に流れる偏西風にのり、世界中にその選別の板を下ろしていくこととなるだろう。60億の悲鳴が全ての歴史を塗り替えるのだ。
下準備は全て整っている。それなのに俺は…。
『アルバート?』
ああ。声が聞こえる。女の声が。
『アルバート』
その声は何度でも俺の名を呼ぶ。愛おしそうに。だが、俺は返事をすることはない。ゆっくりと辺りを見回した。様々な機械が並んでいるが、そこに女の姿などない。
それもそのはずだ、あの女はもう……居ない。ウロボロス・ウイルスにその美しい体を侵されて。
『アルバート…愛しているわ』
60億もの人間を、恐怖と絶望のどん底に突き落とさんとするこの俺を愛していると言った女。俺に愛を告げ、柔らかく微笑むのだ。
恐怖と絶望に染まる世界を思い浮かべても、次世代の神となる時を思っても、女の姿が、記憶がちらつく。その儚げな姿に、何もかも投げ出してしまいそうになる。あの女は俺の中の全てを掻き乱していく。
何をしていてもあの一人の女が頭にこびり付いて離れない。
「……エクセラ」
その女の名を口にすれば、胸がぎしりと軋む。
ああ、そうか。俺は、エクセラを…。
「―――――」
そう呟けば、俺の中のエクセラは嬉しそうに微笑んだ。
今になって
気付いた事がある
(お前はもう居ないのに、
大切な事に気付くのはいつも後)
お題お借りしました。→DOGOD69