novel3

□既成事実
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気付けば、窓の外は嫌になる程のどしゃ降りだった。キーボードを打つ手を止め、窓に次々と叩きつけられる雨粒を眺めた。昼時だと言うのに、外は薄暗い。
俺は、パソコンのディスプレイに目を戻し、再びキーボードを叩き始めた。ふと、カタカタとバラバラのリズムを刻むそれとは全く違う音が微かに耳に入った。コツコツと通路に響く音は、ヒールの音だろう。その音を作り出す人物は、大方予想が付く。
ノックも無しに自室のドアが開かれ、そこから現われたのはエクセラだった。エクセラは、後ろ手にドアを閉めるとソファに座る俺の方へ歩み寄った。
スッ、と目の前に差し出されたのはウロボロスを始めとする、生物兵器についての資料だった。それを受け取り、パラパラと目を通す。

「色々と改良したわ。…それでも、まだまだって所ね」

エクセラは肩をすくめ、首を横に振った。

「ウロボロスを数人の被験体に試してみたけど、どれも駄目ね。資格も何も無い人間ばかり」

呆れたような溜め息を吐き、エクセラはさっさと部屋を後にする。実に珍しい事だ。いつも自室に来るなり過剰なまでのボディタッチをしてくるエクセラが、俺に触れる事無く出ていくなど。
俺はおもむろに、パソコンのディスプレイを切り替えた。何分割かされたディスプレイに映し出されているのは、施設内の監視カメラの映像だ。それぞれの映像を見ていくと、一つにエクセラの姿があった。何処に向かうというのだろうか。
暫くし、エクセラは目的地に到着したようだ。ピタリと足を止め、キョロキョロと何かを探している。すると、エクセラの背後に見慣れぬ男が忍び寄っていた。ゆっくりとエクセラに近付き、躊躇いもせずに細い体を抱き締めた。エクセラは驚きつつも笑いながら、抱擁を甘受している。不意に男の手がエクセラの顎を掴み、口付けた。

「―――!!」

俺は、衝動に任せてディスプレイに拳を叩き付けた。風穴の開いたディスプレイを、腕を払って床へ投げ捨てる。
グシャリ、と何かを潰したような音がして己の手元を見やれば、先程手渡された資料がぐしゃぐしゃに握り潰されている。異様な苛立ちが俺の胸中にはあった。だが、自分が何故、こうも苛立っているのかが分からない。
エクセラが男とキスをしていた、唯それだけだ。しかし、その光景が脳裏に焼き付いて離れない。

(何故、あの男はエクセラに口付けなど……)

あの男はエクセラの恋人なのだろうか。そうだとすれば、必然とも言える行為だ。けれど、その行為が俺には苛立たしい。

(……苛立たしい?)

何故、俺の腹の底にはこんなにもどす黒い嫉妬があるのか。まるで、自分のものを奪われてしまったかのような。





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