novel


□花の名は知らない
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まだ出会って間もない頃は、マテリアにもシビルにも、何も考えずに甘えていられた。
今まで、ドールよりずっと年が上である魔法使い達の中で暮らしていたから、彼等よりは年が近そうな二人に、物珍しさも手伝ってそう接していたかもしれない。
例えるならば、両親に甘える子どものような無邪気さで。
それが、変わってしまったのはいつからだっただろう。
柔らかな温もりも、鼻をくすぐる甘い薫りもまだ思い出せる位の時間しか流れていないのに。

「……あの頃は、まだ何もわかってなかったんだよ!」
「何が?」
訳が解らないと言うように首を傾げて覗き込むマテリアの細い髪が頬に触れ、ドールはそれを振り切るようにマテリアを見上げる。
「……言っとくけど、そんなデリカシーのない奴と付き合ってくれる男なんて、絶対に見つかりゃしないんだからな」
絶対、に力を込めて言うと、マテリアは肩を竦めた。
「わかってないわね、見つからないんじゃなくて、その気が無いだけなの!」
「へええーそれは知らなかったな」
棒読みで気のない返事をすると、たちまち牽制の拳が飛んできて、ドールはひょいとそれを避ける。

「……ほんと、全然わかっちゃいないんだから」
言われて視線を戻すと、マテリアは思い切り伸びをしながら花畑に顔を向けた所だった。
耳を掠めた言葉に少し悪戯心が芽生えて、ドールはそのままマテリアが居る方向へ身体ごと倒れ込んでみる。

「ちょっと!」
突然膝の重みが増し、マテリアは慌てて振り返った。
見慣れた緑の帽子が間近に飛び込んできて、跳ね上がりそうになる。
「せっかくしてくれるって言うからさ、やっぱり遠慮しないでおくよ」
「言ったけど……!」
何も考えてないかのように返してくるドールを、マテリアは恨めしげに見下ろす。

さっきは確かにああ言ったが、考えてみればドールを膝枕したのなんて、出会ってすぐの頃の話なのだ。
いつまでも変わらないような錯覚を起こしていたけれど、あの頃とは自分もドールも違う筈なのに。
「ねえ!ドール!」
揺り動かした反動で、するりと帽子が落ちていくのに手を伸ばして、マテリアはちらりと見えた横顔から、ドールが眠ってしまっている事に気が付いた。

昨日遅かったと言っていたから、大方傍に置いてある魔法書でも読み耽っていたのだろう。
このまま滑り落としてやろうかと意地悪な考えも横切ったが、これだけ疲れていても自分に付き添ってくれているのに気付いて、何も出来なくなってしまう。
「……寝ないでよ、もう」

肩を落とすと、帽子から解放されてふわふわと風に揺れるドールの髪をそっと撫でてみる。
柔らかい感触も、子供のような寝顔も、あの頃と変わっていない。
指先から零れていく空の青にも、海の蒼にも似た不思議な色の髪をぼんやりと眺めて、マテリアは静かに笑った。

変わったものと、変わらないもの。
きっとどちらも大切なものなのだろう。……それが彼を示すものである限り。
手に取った帽子をふわりと自分の頭に被せると、マテリアは花畑に目を落とす。
日はまだ高く、風は心地よく花弁を揺らしていた。





■コスモスを見ていて思い付いたネタでした。
書くのに半年以上かかってしまい、気分はコスモスと言うより桜とか菜の花になってしまいました。
その辺りが文章に出ていないといいのですが。
膝枕はいきおいでやっちゃいましたが「あの頃は…」の台詞をドールに言わせたかったという、そんな話です。


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