novel


□琥珀の森
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小さな声で紡がれる言葉と、巻き起こった風が周りから解けて行くと共に視界が変わり、外の冷たい空気が入り込んで来る。
降り立ったのは町の近くにある、小さな森の中だった。
薄っすらと遠くの方に町の明かりと、そして今まで二人が居たウルウルの砦が小さく見える。
手袋を持ってくるべきだったかと離した手を合わせながら、ドールはマテリアの方を振り返った。

「で?人の部屋で何してたのさ。こんな時間に……というか、どうやって入って来たんだよ」
同じように、寒さで両手を結んでいたマテリアは、最早遠くの景色となったウルウルの砦の壁を指差して悪びれもせずに「壁を登って、窓から」と告げた。
予想通りの答えに、またそれに驚きもしない自分に嫌気が差しつつもドールは、一応形式的に溜め息を吐いてみる。

「マテリアの事だからいつかやりそうだと思ってけど、本当に壁を登ってくるとはね」
「あら……正面から入るより、ずっと簡単だったわよ」
的外れな受け答えをしながら、マテリアは肩に掛けていた荷物を下ろして中に手を伸ばした。

「本当は、気付かれないようにこっそり置いておきたかったんだけど」
中から、赤と白で細かい模様の編まれた大きな靴下が出てくると、マテリアはそれをドールに手渡した。
驚いて見上げると、メリークリスマスとマテリアが笑う。
「これって、もしかして」
「クリスマスプレゼントよ。靴下の中にはお菓子が詰まってるの。町の子供達が貰う、定番のプレゼントなんだけど」

言われて見てみると、ぱんぱんに膨らんだ靴下からは銀紙に包まれた星型のチョコレートや、色とりどりの飴が顔を覗かせている。
「ありがとう……初めて貰ったからびっくりした」
「ドールが、そう言ってから、驚かせたかったんだけど」
マテリアの言葉に、ふいにドールは、昼間に町の子供達とクリスマスツリーの飾り付けをした時の事を思い出していた。


「サンタクロース?」
広場の中央に大きく枝を広げる大きな木に、鈍く輝く丸い飾りをしっかりと結わい付けて、ドールは振り返る。
彼が手をかけた梯子の下から、次々と手を伸ばして次の飾りを差し出してくる子供達は、ドールの問いかけにわいわいと思い思いに喋り出した。

「ドール知らないの?」
「良い子にしてたらプレゼント持ってきてくれるんだよ」
「そりに乗っててねー」
「違うよ、トナカイだよ」

彼等の話を掻い摘まんで頭の中で纏め、ドールは成る程と納得する。
ドールが育ってきた世界には今まで無かった類のものだ。

魔法使い達にとって、この日は同じように特別な日であるけれど、それは星の配置や魔術的なものであり、イベント要素は全く無いし、
クリスマスプレゼントをウルウルやサンゴに貰ったこともない。
まだまだ知らない事が世の中に沢山あるんだなと、煙突やら靴下やらと続く子供達の終わりの無い話を感慨深げに聞いていると、
遥か上で同じように飾りを付けていたマテリアが、軽やかに梯子を降りて来た。

「ドールが知らないとは思わなかったわ。私より物知りなのに」
「僕が知っているのは魔法の分野だけで、どちらかと言うと、知らない事の方が多い位だよ」
天辺に乗せる大きな星のオーナメントを子供達から受け取ると、マテリアはまたするすると梯子を登っていく。

(それに、子供だった事がないしね)
大人であるかどうかも訝しい所だったが、それは口にしないまま、ドールはマテリアを見上げた。
小さい頃はマテリアも、この子供達の様に無邪気な笑顔でツリーを飾り、プレゼントを貰っていたのだろうか。
想像出来るような、出来ないようなおかしな気分だった。



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