novel


□やがて君が振り返るまで
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結局のところ、想像は想像でしかなく、どんなに突き詰めて考えようとも結論にはなりはしないのだ。
夢から醒めたばかりで、重くはっきりと思考しない頭を抱え込むと、ドールはぼんやりと目の前に映る深い闇を見つめた。
静かな闇夜に、外で砂漠の砂が宿に吹き付ける乾いた音だけが聞こえてくる。

(……思い出せない)
夢の中の少女。
アリエルではない、と思う。
翡翠の瞳。
光に溶けそうな程色素の薄い、金色の長い髪。
似ているような気もするが、決定的な何かが違う。

水鏡のように視界が揺れる向こう側の景色で、いつも彼女は夢の中のドールに優しい笑顔を見せた。
そのあまりにも無防備な表情に、自分も同じように笑い返そうと、あるいは手を伸ばそうとする。
だが、ただの傍観者である自分の身体は鉛のように重く、届く筈の腕は宙を掻き、向こう側は波間に揺れるように消えた。

何度も見る夢だが、以前はもっと曖昧な夢だったし、目覚めた時にはもう靄がかかって思い出せない事の方が多かったというのに。

(わからない……けど)
(僕は、彼女を知っている)

確信している訳ではない。
何度同じ夢を見ようと、夢は只の夢であって、現実にはけして成り得ない筈だ。
だが、その一言で片付ける気には、どうしてもなれなかった。
アリエルと初めて出会った時、ドールは水晶の中に封印されていたらしい。
いつ、どのような経緯で自分が封印されていたのかは知る由もないが、
失った記憶があるということは、夢の中の彼女だってその内の一つである可能性は考えられるだろう。
夢の中の人物でないのであれば……現実でも会える。

「ドールかぁ?」
暗闇に慣れた目を隣に向けると、眠そうに半分瞳を閉じたまま顔を上げたカイルが映った。
寝ぼけているのか、暗さに慣れないのか、視線を泳がせながらドールを捜す。

「ごめん、起こした?」
「いいや。眠れないのか」
カイルはのそりと起き上がると、ぐるりと首を回し、それからサイドテーブルに置いてあった銀の水差しを手に取ると、グラスに水を注いだ。
「この所ずっとそうだよな。何かあったのか?」
水差しの中で、カランと氷の涼やかな音が闇に響く。

「何かあったわけじゃないけど……このところ、気になる夢を見て」
グラスに満たされていく水を見つめ、ドールはゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「懐かしい人の夢。アリエルに似ている気もする。だけど、それが誰なのか思い出せない」
「アリエルに会う前の記憶ってことか?確か、記憶が無いって言ってたな」
カイルは水差しを持つ手を止める。
「……わからない。ただ、ザファン公爵に操られてから、夢を見始めるようになった気がする」
ドールは肩を落とし、首を振った。

幾度と見る夢の中で、彼女は時折、何かを囁く様に歌っていた。
何を歌っているのかは聞こえなかったが、その響きだけは覚えている。
懐かしい、柔らかな声。
……あぁ、そうだ。あれは彼女が呪文を唱える声だ。
魔法が使えない彼女は、時々こうやって小さな声で歌うように呪文を唱えては練習をしていた。
ドールが見に行くと、慌てて何事も無かったかのように視線を逸らして――

「……いや。知らない筈だ。思い出せる筈がない。だって、僕は、」
「ドール?」
振り払うように激しく首を振り、急に黙り込んだドールに、訝しげに顔を向けると、カイルは片方のグラスを気遣うように差し出す。
言葉が続かないままそれを受け取ると、掌にひやりとした感覚がぴたりと張り付いた。
「……ごめん、大丈夫」
ごくりと一気に飲み干すと、喉の奥で引っかかったものが流れていくような気がした。

心配するカイルに、もう大丈夫だから寝るよと、やっとそれだけ声に出して再び目を閉じれば、そこは既に夢の中で、
いつもの様にドールは自分と向き合う様にして立っていた。
彼女の夢を見れば、その後戒めのようにこの夢を見る。
いつか夢の中の自分は、これは警告だと言ったか。

「思い出して、どうするんだい?」
「彼女に……会いたいんだ」
縋る様に言えば、もう一人の自分は哀れむように微笑んだ。
「そうやって、また同じことを繰り返すのか」
「……どういうこと?」
対となる人物は、問いに答えなかった。

「……綻びた記憶は繕えない。だけど、望むのならばまた全てを封印することはできる」
でも今は、目の前の混沌の魔物の事だけ考えていればいい。
暗示をかけるように彼は呟くと、現れた時と同じように闇に掠れて消えた。
上も下も、見渡す限りの星空。
一人取り残される感覚に眩暈を起こしそうになりながら、ドールは地面と言っていいのかわからない空間に膝をつく。
握り締めていた掌の力を緩めると、指の間から光のかけらがこぼれ落ちた。
「……マテリア」

呟いた言葉は意味を持たず、光と共に闇に消える。
あれ程欲しがっていた言葉だと言うのに、それはあまりにも遠い響きで、ドールはだらりと開いた掌を茫然として見つめた。
名前を思い出したくらいでは、まだ彼女は振り返ってはくれないのかもしれない。
でも、夢の中でではなく、会うことができたら……きっと。
淡い期待を抱いてドールは頭上を見上げる。
光も影もなく、どこまでもどこまでも、闇が続いていた。




■暗い話をすみません……SFC1、エフライム直前、西の砂漠の設定です。
西の砂漠でシルの指輪を三つはめ込んだら、マテリアが出てくると思っていたのは多分私だけではないはず。
今回のSSは「記憶はないけど思い出なら」の続きで、更に続く、かもしれません。






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