LucianBee's

雨を言い訳にして
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雨に濡れるのはイヤだろう?
だから、一緒に歩こうか




雨を言い訳にして




スタジオを出ると、朝に見た天気予報の通り、雨が降っていた。
憂鬱な気分になりながら、俺は出掛けにコンビニで買っておいたビニール傘を開く。パッと開いた傘は、すぐにポツポツと雨粒を受け、表面に水玉を作った。

「傘……」
「ん?」

開いた傘を手に外に出ようとすると、後ろから声をかけられた。
いったいどこの誰だ?と、振り向くと、バツが悪そうな顔をしたジェシーが立っていた。
おかしいな。レッスンの最後はいつも通りソロでテスト。あいつは俺よりも先にスタジオを出たはずなのに。
もしかして、俺が終わるのを待っていてくれたのだろうか?
周囲に秘密にしているとはいえ、恋人同士だ。そんな甘い答えを期待をして、悟られないようにジェシーに問う。

「ジェシー……どしたんだよ。オメェ、先に帰ったんじゃ」
「……だから……傘…」

ジェシーは俺の手元を指さした。
あぁ、そうか。傘を忘れたのか。一瞬でも期待した俺はなんだったのだろう。
そういえば、こいつは人前で俺と触れあうことをひどく嫌がってた。
控え室でこっそりキスしようとしたり、本番前に景気付けに手を握ろうとしたりするだけで、いつも容赦なく拳が飛んできたっけ。
こいつに、甘い答えなんて期待するだけ無駄だったんだ。こいつが素直になるのは二人きりの部屋か……ベッドの中くらいだ。
そう思ったら、なんだかムカムカしてきて、ちょっと冷たい感じに突き放してやりたくなった。

「別に傘くらいなくても帰れるだろ」
「……帰れる、が」

こいつの出身国はどうにも雨の多い国らしい。ロマンシア総出で遊びに行ったこともあったが、その時も天候はよくなかった。
でもそういえば、こいつが傘を差しているところ……見たことないような気もする。

「傘がなくて濡れてもいい……でも、変に注目されるだろ」
「傘くらい買えばいいのにーって目では見られるよな」
「国では普通だったのに、ここでは異常者扱いだ」
「異常者まではねぇだろ……でも、まぁ、注目は避けたいよな」

一応、世界を股に掛けるアイドル様だ。
それにこいつの場合、だいたいからして外見がハデ気味。プラス、きっと雨に濡れるのも慣れてるから、あわてることも怖じることもなく堂々としてるから、相乗効果で目立ちそうだ。

「で、何してたんだよ」
「だから……傘を」
「傘差して帰る奴を待ってた?」
「……あぁ……そんな、感じだ」

何か言いにくそうにしながらジェシーはうなづく。
俺はその理由がなんとなくわかる。わかるけど、まだ、踏み込んでなんてやらない。

「でも、それなら俺より前にカトルもルークも帰ったはずだけど」
「だ、だから……傘を」
「二人とも持ってたって。まぁ、ルークのアニメプリント傘を拒否りたい気持ちはわかるけどよ」

いよいよジェシーはうつむいて黙ってしまった。
ただ傘を待ってたわけじゃない。それはもう、わかってる。
でも、何を待っていたのかちゃんと言ってほしい。たまには甘えてほしい。素直になってほしい。
だから、もう少し意地悪してもいいよな?

「なら、レミィのに入れてもらえよ……俺はほら、小さいビニール傘だし」
「そ、それはっ」
「それは?」
「……………イヤだ」

消え入りそうな声でジェシーは言った。
あぁ、ほら、早く。素直になれ。
俺はいつだって、どこでだって、自分の気持ちに正直だろう。お前も俺を見習ってくれよ。

「言えよ。何を、待ってたんだ?」
「だから……傘を」
「違ぇだろ!」
「!?……それは」
「なら、レミィと帰れよ!」
「ヴァン…!」

仕方がないから、お膳立てしてやる。
わかりやすく頬を赤らめたジェシーが、意を決した顔で俺を見る。

「傘を持ってる"お前"を、待ってたっ!」

やっと導き出せた期待通りの甘い答えに、俺は広げたままになってた傘をジェシーの頭上に掲げた。雨粒が滴って、エントランスの床を濡らしたけど、それくらいは素直になったジェシーに免じて大目にみてほしい。

「よくできました、っと」
「黙れ……早く行くぞ」
「んだよ、文句言うなら傘くらい持ってこいっての」
「!俺は−−」

ジェシーが俺の腕をつかんだ。




「傘は、持ってきた!!」




……俺はてっきりジェシーが予報を見ずに、傘を持ってきていないと思っていた。
でも違った。

要するに、最初から傘なんて関係なくて。
要するに、それはこいつなりの言い訳で。
傘を忘れた振りして、カトルやルークから隠れて。

それは、それは、要するに。


−−俺と一緒に帰りたかったってことだ!


「…ジェシー…マジで可愛い……」
「!−−ち、違う、そんな意味で言ったわけじゃない!」
「それ以外にいったい、どんな意味があるんだよー」
「だから……英国紳士は傘なんて差さないんだ!」
「……マジでやべえっての……」

さっきまで俺が優位に立ってたはずなのに、完全に形勢逆転。
俺の予想の上を行く、甘い甘い回答に俺の顔も真っ赤です。まったく……素直になったジェシーは最強でした。

「じゃあ、お望み通り、相合い傘で帰りましょうか?」
「仕方ないから……そうしてやる」
「ちぇっ。素直なジェシーは打ち止めか」
「うるさい、続きは……部屋で、な」
「あ、その言い方、なんかエロい」
「黙って歩け!」

そんなムードもへったくれない話をしながら、ゆっくりと歩いた。
ビニール傘は小さくて狭くて、ものすごく密着しないとお互いに濡れちゃって、肩に水たまりができそうだった。
雨ってジトジトしてて、湿っぽくて、正直大嫌いだ。
でも、降る雨を言い訳に、お前と一緒に帰れるんだ。

−−なんか雨もいいかも、と思った。





end



うっとうしい雨もヴァンジェシ妄想すれば、乗り切れるかもと考えた話です。
ちなみに、英国紳士が傘を差さないのは、一度傘を開いてしまうと「巻き師」に巻いてもらうまで持ち歩けないから、らしいです。



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