LucianBee's

予行練習は結婚式場で
1ページ/3ページ




予行練習は結婚式場で





訓練所に与えられた自室の扉を開けると、とんでもないものが居た。
正直、俺が花も恥じらう乙女だったら、この時点で大声で叫ぶか、防犯ブザーを鳴らしているところだろう。
しかし、ロマンシアなんて変人奇人の集まりに所属していると、こういう奇行にも……不可抗力ながら慣れてしまった。

部屋の中にとんでもないものがあった場合の対処その一。
まずは、扉を閉めて、本当に自分の部屋かどうか確かめること。俺は対処法通り、扉を閉める。残念ながらそこは俺の部屋だった。観念してもう一度扉を開ける。とんでもないものはまだ部屋の中に居た。

「……俺……疲れてるな」

部屋の中にとんでもないものがあった場合の対処その二。
すべてを疲労のせいにして、現実逃避。

「俺は疲れてるから寝る。出ていけ」
「−−ノン!ジェシー、人を錯覚扱いしないでくれるかい!君の目の前にいるのは正真正銘、間違いなく混じりっけなしのこの僕、レミィ"J"ベルモンドさ!」
「…わかった……わかったから、少し黙ってくれ」

その、とんでもないもの−−レミィ"J"ベルモンドはなぜか、白いウエディングドレスを着ていた。
裾や袖口には大胆にレース。ところどころに宝石が縫いつけられ、部屋の照明を浴び、無駄にキラキラと輝いている。切ったはずの髪は以前のように縦巻きで、生花とベールで飾っている。
そして、華美な顔立ちのレミィの顔は、化粧でまるで女のそれに。遠目からみれば完璧に女だろう。
いや、近くで見ても女に見えるかもしれない。そして、たいていの男なら頬を染めるかもしれない。だが、本来のこいつを知っている俺としては鳥肌ものだ。気持ち悪いことこの上ない。
しかし、このウェディングドレスを着た変態スレスレの男は……悲しいかな、俺の恋人である。
そりゃあ、合い鍵も持っているし、なければ教えた暗証番号で入ってくる。戸締まりをしても意味のない侵入者であり、訪問者だった。

「その格好は何だ。仮装大会か」
「君の目には、そう見えるのかい?」
「残念だが、俺の目には女装の変態にしか見えない」
「ははは。それがいわゆるブリティッシュジョーク?」

ジョークじゃない。本気だ。
しかし、妙にテンションの高いレミィには俺の心の内なんて読む余裕はないようで。一方的にまくし立てて、話したいだけ話していた。
この隙に、こっそりベッドに入って昼寝してしまってもいいかと思った。
が、眠った俺を見てレミィがおとなしく帰ってくれるとは思えない。起こしてくれるならともかく、眠っているからと好き放題され、目を覚ました時に、花嫁がマウントポジションなんて事態は絶対に避けたい。
いや、恋人ならいいだろうとかそういう問題じゃない。花嫁にのっかられるというのは、男としてのプライドが……なぁ?

「−−というわけで、いいかい?」
「は?」
「何も聞いてなかったね」

レミィがやけにきれいに微笑んだ。
その表情に、迂闊にも少しドキリとしてしまった。仕方ない。こいつの顔は元々整っているんだ。それが化粧でさらにきれいに引き立てられている。心臓が多少早めに打ったって大目に見てくれ。

「それでは、君のロックとファックの詰まった脳でもわかるように、簡単に、かいつまんで、ごく簡潔に説明するよ」
「ROCKとFxxkだらけで悪かったな」
「つまりは、僕と結婚して……じゃなかった、僕と一緒に結婚式のCMに出てほしいんだ!」
「……はぁ」

それが言いたいがために、わざわざウェディングドレスに化粧までして俺の部屋まで……いや、それを言うためだけだったら、ドレスも化粧もいらないだろうが!
というツッコミを頭の中で考えたが、考えただけにしておいた。理由は言っても意味がないからだ。無駄なことはしない。いかにもROCKだろう?

「……まぁ、CMくらいならいいけどな」
「Merci!ちなみに新婦役と花嫁役、どちらがいいかい?」
「お前はまず"選択"の意味を辞書で引け」
「あはは。ばれてしまった?」
「当たり前だ」

多少ふざけてはいるけれど、それでもレミィは十分に嬉しそうに見えた。
その嬉しそうな顔が見ているだけで、俺の頬も少しゆるむ。そんな風になってしまう俺は、かなりこいつに毒されているのかもしれない。

「−−じゃあ、行こうか!」

レミィがいきなり俺の腕を取った。

「は!?」
「撮影を中断して来てるんだよ。早く行かないと!Hurry up!」
「ちょ、ちょっと待て!」
「Going my way!僕にふさわしい生き方だと思わないかい?」
「そういうのは自己中っていうんだ!」
「アハ、勉強になるね」

がっちりとホールドされた腕は、どうにも外せない。劇団で鍛えたという腕力が、俺の腕を放さない。
そのまま、半ば引きずられるような形で部屋を出て、待機していた車に乗せられてしまった。



次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ