LucianBee's

鋭利で怜悧な刃物を喉元に
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救われたいなんて思わない
その冷たい視線で私を殺して



鋭利で怜悧な刃物を喉元に



その綺麗に磨かれた刃物に俺の顔が映っていた。刃物、といってもそれもナイフではなくて、美容師が手にするような理容用のハサミだった。
だが、何の武器も持たない荒くれ共を黙らせ、退けるには十分だったようだ。いや、ハサミよりその男の凍えそうな冷えきった瞳の方が威力が大きいのかもしれない。男の目を見た荒くれ共は口々に捨てぜりふを吐き、夜の街に消えていった。
後には路地に座り込む俺と、仁王立ちした男だけが残った。

「大丈夫か」
「……あ……あぁ」

ヒュッと空気を切るように振られた刃物に頼りない街灯が反射し、細い路地に光が踊った。男の異様に長い髪にも光が落ちた。
いつもなら格好つけやがってと悪態付くところだが、今は素直に綺麗だと思えた。
俺も立ち上がって、服についた土や埃を払った。

「…ガキが遅くまで出歩いているからだ」

不満そうに言い放ったそいつは、どこかで会ったことがあるような男だった。

「……聞いているのか」
「……お前に関係ないだろう」

何となくだった。
家にいるのはイヤで、ライブもなくて、練習もなくて、バイトもなくて、ただ路地をぶらついていた。
そうしたら数人の野郎に絡まれて、あとは分かりやすく喧嘩。とはいえこちらは一人なので、喧嘩といっても一方的。殴られて蹴られて、胸ぐらを掴み上げられて。ついに奴らの一人に髪を掴まれて、さらに暗い裏路地に引き込まれそうになったとき、こいつは来た。正義の味方のごとく颯爽と現れ、ハサミと己の瞳を煌めかせた。そしてあっという間に荒くれ共を退散させた。

「こうしてたまたま通りがかったからいいものを」
「…何者だ、お前」
「本職は美容師だ」
「とてもそうには、見えない」

そうだ、思い出した。あのライブの前。スタイリストとして俺の前にこいつは現れたんだ。斜めにカットされた異質な前髪、銀色の長い髪、鋭いハサミをまるで手足のように操っていた。名前は聞いたが、忘れてしまった。だが、確かにこいつだ。
しかし本当に美容師だというのならば、自分の商売道具を武器代わりになどするものだろうか。俺だって愛用のギターは武器にはしたくない。

「……助けられた身分で偉そうに」
「礼は…言ってやる。ただ、あんたは美容師には見えない」
「見えずとも、事実だ」
「嘘、ついてるだろう」

まぁ、こいつのハサミは綺麗に研がれていて、道具を大事にしている気持ちは伝わってくる。が、やはり武器にはしないだろう。普通は。

「嘘か………ついているな」
「やっぱり、そうか」
「職業ではない……ここに来た理由だ」

理由。
先ほどは、たまたま通りがかったと言っていたが。

「実は……お前をマークしていた」
「マ、マーク……?」

突然飛び出したなにやら物騒なワードに、背筋が冷える。
急に、ハサミを持ったこいつが怖く感じた。美容師だと主張するこの男が、まるで殺人者か暗殺者のように見えた。
煌めく刃物が俺の喉元に突き立てられているような。そんな錯覚に陥った。
男がゆっくりと口を開く。

「お前の後をつけていた」
「……何が目的だ」
「目的など、一つだ」

男が俺に向かって手を伸ばす。
俺はごくりと息をのんだ。
逃げろと、頭は危険信号を出している。なのに体は固まって、まったく言うことを聞かなかった。
手が俺の顔に触れる寸前。思わず、目を閉じてしまった。

「……――お前に会いたかった」

男が、俺の髪を柔らかく優しく撫でた。
かけられた言葉の意味が、わからなくなった。意味を考えようとしても、頭の中がごちゃごちゃして整理できない。
――アイタカッタ?
それはいったい、どういう意味なんだ?
その意味を知りたくて、そっと目を開ける。さっきまでは氷のようだった男の瞳に、暖かい光が宿っているように見えた。

「今日は、これくらいにしてやる」
「お前……」

口元をニヒルにあげた男は、俺の額にキスを落とす。
綺麗に、スマートで、型にはまったような、社交辞令のようなキス。でも、何か熱いものを感じるキス。

「次は唇を奪ってやる」

男は俺の頭をぽんと軽く一回叩くと、俺に背を向けた。
ワンテンポ遅れて、俺の頭に熱が上がってきた。頬が熱い。文句を言いたいのに、口が動くだけでなかなか声がでない。

「…………お、い……お前!」
「夜道には気をつけろ」

男が路地を歩いていく。長い髪が左右に揺れる。街灯と月明かりを反射した髪は生き物のようにたゆたう。ゆっくりと時間をかけて男は歩いていった。
その後ろ姿を目に焼き付けるように、俺はじっと見つめていた。
いつまでもいつまでも。

(……N…だ)

やっと思い出したその名を呼ぶ機会はあるのだろうか。次に出会ったとして、その名を呼べるのだろうか。
手で額に触れた。男が残した優しい感触が蘇る。

――次は唇を奪ってやる

名前を呼ぶ前に、塞がれなければいいのだけれど。




end



Nジェシ。出会い(正確には違うけど)編。続きます。あ、身長的にでこキッスは無理とか言わないの(笑)



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