双狐小咄

□唯一にして無二の
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彼女に礼を述べ、久方ぶりの葛葉の宮を後にした。行くあてなど無い。
一度、妹に会いに行ってみようか、と里へ続く坂道を下りながら思う。この陰鬱とした気分も、妹に会えば少しは晴れるだろう。
何よりも、自分が葛葉ライドウでなくなった以上、自分は小鳥遊 聡であると実感したかったのだ。
ライドウが聡に戻る猶予すら与えぬまま、突然にその名は、存在意義は、奪われてしまった。
少しでも早く、己の拠が欲しかった。
「どうした、少年」
不意に声をかけられ、聡の足が止まる。
視線を投げた先にいたのは、適当に短くちぎったような黒髪を風に遊ばせた、着流しの男だった。
彼の黒い二つの瞳が、真っ直ぐに聡を見つめていた。呼ばれたのが己であるのは間違い無い。
「えらく、まぁ、陰気な顔じゃないか。何ぞあったかい」
聡は答えない。答えられない、が正解かも知れない。
暫しの沈黙の後、男は右手で乱れた髪をひっかき回しながら、左手では聡の進行方向と逆側を指差した。
「ま、何にしろ帝都へ行く道はあっちだ。少年、こっちにゃあ用無しだろ?」
用無しは自分だ、と言いたくなるのをぐっと堪えて、聡は唇を噛んだ。
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