双狐小咄

□唯一にして無二の
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泣いてはいなかった、と思う。
よろよろとおぼつかない足取りで儀式の間から姿を現した聡に、名も知らぬ女性は無言のまま瞳を伏せ、装備の一式──刀と銃、管を収めたホルスターと、漆黒の外套を差し出した。
その足元には見慣れた黒猫がいた。
「ゴウト……」
絞り出した声は酷くかすれていて、自分のものという判別もつかないくらいだ。
「こっぴどくやられたようだが……命があっただけ良し、としようじゃないか」
にっ、と笑んだゴウトはそれだけ言うと、ゆっくりと踵を返して何処かへ行ってしまった。
随分とあっけない、まるで何事も無かったかのような態度。それがゴウトなりの優しさなのかも知れない。
もう、彼は目付け役ではない。
共にいる理由など、無い。
結局、聡が差し出されたそれらを身に着け終わるまで、残された二人は物言わぬままだった。それが聡にとってはありがたかった。
慰めの言葉など要らない。己はもうライドウではない、その事実だけが全て。
彼女は嘲るでもなく、慰めるでもなく、ただ虚空だけを見つめていた。
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