人体民警 書庫(短編)

それは幻のような情欲
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自分の上に、のしかかる体温。
暴かれている、体。

内部を掻きまわすように。
ゆっくりと荒らされる感触。

小刻みにベッドが揺れる。
視界がブレる。

突かれるその度に。
毛が当たり、ザラリと。

奥が熱い。
溶けそうに熱い。


音は、無い。


伸ばされた自分の腕。
唇の端を伝う唾液の感触。
彼の腰に、絡めた足。
頬に触れてくる、彼の手。


体内にある、充足感。


余裕の無い、彼の顔。

良く知っている声が名を呼ぶ。
音が無かったはずなのに。

そこで急に、響く声。




ボリス

好きだよ、












「ボリス!」



はっとして、目を開ける。
目の前いっぱいに、心配そうなコプチェフの顔があった。
事態を飲み込めずにぼんやりとしていると、彼が頬に触れてくる。

「大丈夫?うなされてたけど」

段々と、状況が分かってきた。優しく触れてくる彼の手が、あの一瞬に似ていて。フラッシュバックのように、今見ていた光景が広がる。






ヤバい

何だアレは
何だアレは

何だ、アレは!

頭がイカれたのか俺

アレは
まずい、だろう

さすがに
有り得ねぇだろう俺

ありゃねぇだろう




目を見開いたまま固まったボリスを見て、目の前のコプチェフはいよいよ焦った顔になった。

「だ、大丈夫?」
「なんっ、で、もねぇ。あっち行けよ。マジ何でもねぇから」

変な汗を体中にかいている。恐らく寝ている間からかいていたのだろうけれど、自分の夢を自覚した瞬間に、更にドっと出た。
コプチェフは心配そうにこちらを見ているだろうけれど、その顔を直視できない。

落ち着く為に自分の状況を考えてみた。

今日は休日だった。

いつもなら午前中には部屋へ突入してくるコプチェフが、何故だか今日は来なかった。
不思議には思ったけれど、約束しているわけでもないのだし、たまには久しぶりに一人きりで休日を過ごすのも悪くない、と思った。
丁寧に淹れたコーヒーを飲んで、窓の外を眺めて。変わっていく季節を少しだけ寂しく思ったり。
穏やかな休日になるはずだったのに、夕方頃に突然、「外食ばかりなのは体に悪い!」と言ってコプチェフが部屋へ突入して来た。そうして無理矢理、コプチェフの部屋へ連れて行かれたのだ。
結局こうなるのかと溜息をついたものの、腕によりをかけて夕食を作ったのだと言う彼の言葉が、嬉しくないわけがない。
満面の笑みで自分を見るコプチェフが視界に入った途端に、なんだか一人の時間には無かった幸福が押し寄せてきて。

やっぱり傍に居たいな、なんて。




思った
それは認める

だからって
何であんな、




落ち着こうとしたはずなのに、左胸にある激しい鼓動は治まらない。
ボリスは全力疾走した後のような心臓を、なんとかいつも通りに戻そうと躍起になった。けれどどうにもならない。いや、心臓なんていっそどうでもいいのだ。

どうにもならないのは心臓ではない、下半身である。

「何でもない、って言うけどボリス、すごい汗かいてるよ?食べた後、珍しく眠いなんて言いだすからてっきり爆睡してんのかと…覗きに来たら、うなされてんだもん」
「…よくうなされんだよ」
「…まぁ、たまにあるみたいだけどさ。今日のはちょっと…なんて言うか…とにかく、すごかったよ?」

ヤバい、と思った。
顔が熱くなる。
自慰を見られたような恥ずかしさだ。平然としていれば乗り越えられる状況なのに、目覚めたばかりなせいか自分ではどうにもならない。

「…ボリス、顔…赤いけど」

変な顔をしたコプチェフが勘付く前に、なんとかしなければと思った。
咄嗟に出た言い訳。

「ね、熱、あんのかも。…俺ガキの頃から、熱出るとうなされるし」
「え、そうなの?」

コプチェフが慌てたように、額に触れてきた。飛び上がりそうになったボリスは、なるべく直視しないようになんとなく、視線を下げつつ彼の方を見る。

「俺、もうちょい寝るわ」
「でも着替えた方がいいんじゃない?マジですごい汗だよ?熱あるんなら余計、そのまま寝るの良くないんじゃないの、」

ちょっと待って、と言ってクローゼットを開け、スウェットを取り出しているコプチェフの背中。ベッドから出られないが故に言った嘘だったにも関わらず。これでは彼の前で着替えなければならない。
ボリスは焦った。

自分の下半身は、誤魔化しきれるほど些細な状態ではない。
かと言って、本当の事など死んでも言いたくない。

「ほら、これ着なよ」

スウェットの上下を差し出してきたコプチェフの顔を見て、ボリスは言葉に詰まった。思わず口を、手で覆う。

「…、う」
「…何、どしたの?…もしかして、吐きそう?気持ち悪い?」

見当違いな事を言うコプチェフに、ボリスはもう言葉が出なかった。







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