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□溺死
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その溺れていく感覚が、いつも僕を襲ってくる。
もがけばもがくほど苦しくなるような、恐ろしい感覚が。


「ちょっと、聞いてるリドル?」


はっ、と意識を戻すとアリスが非難するように僕を見ていた。
思考が完全に飛んでいた、何の話をしていたんだっけ。


「聞いてなかったよ」

「悪びれもなく言わないでよー。どうせまたホー、ホークロッカス?ホークソックス?」

「ホークラックス」

「そうそれ、それについて考えてたんでしょ」


僕がいつもそういうことしか考えてないと思ったら大間違いだ。
むしろそんなことよりも頭の中を占めるのは目の前の女、アリスのことばかりで。
すごく、困惑している。
どうしてこうなった、いつからこんな下らない感情を持つようになった。
僕に一番必要ない、恋という感情を。


「…どうしたの?」

「いや、何でもない」

「ぼーっとしてる、珍しいね」


ああもう、頼むから僕に笑いかけないでくれ。
アリスとは"友達"という関係でよかったんだ、ホグワーツにいる間だけの。
それだけの薄っぺらい関係でいたかったのに、いつの間にか僕はアリスに惹かれてしまった。
その気持ちに気づいたときすぐにアリスと距離を置こうとして、露骨に遠ざけたり僕がいったい何をしようと目論んでいるのかさえも教えた。
それでもアリスから離れて行かなかった。
僕が殺人を犯そうとしていることも知っているのに、僕に笑いかけることをやめなかった。
だから僕は溺れていく、この恋に、どんどんと。


「あ、そうだ。この前リドルが教えてくれたところやっぱりテストに出たよ」

「もちろん書けたんだろうね?」

「書けなかったけど?」


何だその"書けなくて当然"みたいな顔は。
ここは必ず出るからと重点的に教えたっていうのに。


「はぁ……君、このままじゃ卒業できないんじゃないの?」

「む、そんなに頭悪くないもん!」


よく補講を受けてる奴にそう言われてもまったく説得力がない。
頑張りは認める、テスト前はちゃんと勉強していると思う。
ただ集中力と理解力が欠けすぎていて、まあ何というかつまり馬鹿だ。


「リドルから見たらみんな頭悪いでしょーよ」


いや、確かにそうだけどアリスは誰から見ても頭がいいとは言えないだろ、成績順位は下から数えた方が随分と早いはずだ。


「で、その頭の悪さで卒業したら何になるんだい?」

「うーん、お嫁さんとか?」


…そうか、そうだよな、アリスだってふつうの女だ。
ふつうの人間と結婚するのがアリスの幸せだ。
ふつうじゃない僕が、アリスに思いを告げてはいけない、そんなことをすればきっとアリスの人生をめちゃくちゃにしてしまう。
アリスには人並みに幸せになってほしい、だから僕はこれ以上、深入りしてはいけない。


「でもこんな馬鹿、貰い手ないかなー」

「さあ、どうだろう。物好きがいるんじゃないかい?」

「ひどっ!……ねぇ、行き遅れちゃったらリドルが貰ってくれる?」


アリスは少し顔を赤くして、そう僕に尋ねた。
ほら、息ができない。
結局この感情から抜け出すなんて無理なんだ、どれだけ足掻いたってすぐにまた溺れてしまう。
だったらもういっそ、溺れてしまおうか。
だめだ、それだけは許されない。
だけど、止まらない、アリスが好きだ。
どうにもならないほど、僕はアリスが好きなんだ。


「リド…ル?」


アリスの体を強く抱きしめた、このまま恋に沈んでしまえ。


「今すぐにでも、貰ってあげるよ」


笑えない話だ、闇を求めた男がたった一つの思いに溺れるなんて。


「好きだ」


言ってしまった、もう戻れない、それでいいんだ。
僕は一人の人間としてアリスを好きになってしまった。
この感情に抗ったって無駄ならば止めてしまえ。
身を任せて溺れた先に、何があるかなんて知らないけれど。
そこに君がいれば、それだけで十分なんだ。






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