short

□メルト
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それは僕の思考をどろりどろりと溶かすように。

初めはただ寮が同じというだけで、それ以外全く接点がなかった。
存在は知っていて、名前と顔が何とか一致するくらいだった。
その何の関係もないという関係が変わったのは、二週間ほど前からだろうか。


「セブルスって魔法薬学得意だよね?ここ教えてほしいんだけど…」


それが僕とアリスの始まりだった。
妙に馴れ馴れしくて眉間に皺が深くなるのが自分で分かった。
しかしアリスは何も気にすることなく教科書を指し示して「ここなんだけど」と言ってきて。
別に無視してもよかったが、その箇所が簡単なところで教えるのに五分と掛からないと思ったから僕は分かりやすく簡潔に教えた。


「え?…もっかい言って、意味わかんない」


意味が分からないと言ったお前の意味が分からない。
今説明したところのどこに引っかかる場所があるんだ。
別に難しい語句で教えたわけでもない、むしろ噛み砕いてやったというのに。
それから三十分ほど掛けて基礎の基礎まで戻って教えたらやっと理解した、こんなことになるなら無視しておけばよかったと後悔したことは言うまでもない。


「ありがとうセブルス!やっとわなったよー、また教えてね」

「…勘弁してくれ」


大体どうして仲良くもない僕なんかに聞いたんだ、確かに魔法薬学は一位だが他にも得意な奴がいるだろう。
というかその程度の質問なら誰にだって答えられる。
友達もどうせ無駄に何人もいるんだからそいつらに聞けばいいはずだ。
…だけどまあ、「また教えて」なんていうのは社交辞令のようなもので、実際もう聞きにくることはないだろうとそのときの僕は信じていたのだが。


「セブルスー、わかんなーい!」


次の日またそうやって僕に話しかけてきた。
僕をからかってるのかと思うほど簡単なところばかりで、でも本人は至って真剣らしい。
僕は仕方なく教えてやって、そんなやり取りが気づけば毎日続いていた。
元々僕は独りがすごく好きで、誰かと一緒にいるのは大嫌いだ。
友達、恋人、家族、そんなもの結局はただの他人じゃないか。
他人と仲良くすることに何のメリットも見いだせないし、独りでいる方がずっと楽だ。
そう思って生きてきたのに。


「セブルスせんせー教えて!」

「僕はお前の先生になった覚えはない」


今ではアリスに勉強を教えるのが毎晩寝る前の恒例行事になってしまった。
面倒だと思いながらも教えてしまう僕は頭がどこかおかしくなっているのかもしれない。
前なら絶対に拒絶して距離を置いていたというのに。
やはり鬱陶しくは感じるが僕はアリスに多少気を許している、自分でも驚きだ。

自分の変化に戸惑いつつも、そんなよく分からない関係を築き上げて二週間、ここ数日アリスは僕に質問しないようになった。
朝は必ず「おはようセブルス」と言われるから別に嫌われたわけじゃないらしい。
その事実に安心している自分が気持ち悪くてたまらない。
他人に嫌われたくなんて思ったことは今まで一度もなかった、いったい僕はどうしたんだ。
今日も僕は夜、いつも通り談話室の隅で独り読書に勤しんでいて、"いつも通り"のはずなのにひどく違和感を覚えた。
アリスに勉強を教えるのは長くても一時間くらいしかなかったというのに、その時間がなくなったことに苛々する。
アリスとの接点がなくなってしまった感じがして、それがすごく気に食わない。
いつの間にか頭の中はアリスのことばかり、ぐちゃぐちゃと混ざり合っている。
どうしてこんなに、苛ついているんだろうか。


「セブルス!教えてー」


そうやって僕の思考を溶かす張本人が、何事もなかったかのように(いや、何もなかったのだが)隣に座って教科書を広げた。
たったそれだけでさっきまでの苛立ちが消え去って、そして僕は理解した。


「アリス、僕は」


初めて呼んだ君の名は、特別なものに思えた。


「僕はお前が好きらしい」


こんな感情を持つなんて、僕はすっかりアリスに溶かされてしまったようだ。
赤くなった君を見て、愛おしく思うなんて。




(凍った心を溶かすように)
(君は僕を浸食していく)



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