□《前》
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それは夜も明けきらない刻限だった。

緊張感から眠りが浅かったのだろうか、私はむくりと布団から起き上がり冴えてしまった頭を今更ながら振った。
寒さに震えながら窓から外を見遣ると、東の空が欝すらと白み朝がやって来ようとするのを告げている。

「…起きてしまうか」

誰に告げるでもなく、そう一人呟く。
まぁ曲がりなりにも女性であるから、他の奴らと寝室を同じにはしていないが。

奴らは二人一組の同室を宛がわれているらしい。
太一郎と仁、虎太郎と御影、そして参謀役を任された巽さんだけ一人部屋という訳だ。

顔を洗いにでも行くかと部屋をするりと出る。
早朝の冷たい空気にぶるりと身震いしながら目を前に向けると、廊下の窓に腰掛けて外をぼんやりと見つめている御影がいた。

「眠れないのか?」

後ろから声をかけると、些か驚いたのだろう、御影が慌てたようにこちらを振り返った。

「驚いた、貴女ですか」
「どうした?虎太郎の鼾がうるさいのか」

おどけたようにそう尋ねると、御影は強張らせていた表情を少しだけ緩めた。
その様子に、彼も緊張感に眠れなかったのだろうと合点する。

「いえ、そんな訳ではありません。彼は至って静かですよ」
「いや冗談なんだが…」

どうやら御影にはあまり冗談というものが通じないらしい。
私は苦笑を漏らしながら手ぬぐいを肩に掛け、彼の隣に立った。

「やはり緊張しているのか?」
「…そうです…ね。諜報員としての訓練はうけていましたが実践は初めてなので…」
「そうか…」

静かに相槌をうつ。
昨日の立花たちの様子を見る限り、それは覚悟の上の事だ。

着流し姿の御影を見遣る。
何処にでもある平凡な着物をここまで上品に着る辺り、彼がそういった事とは無関係に生きてきた事が分かる。

「後には私も虎太郎もいるんだから、落ち着いて行動するだけでいいさ。
 私も腕っ節には自信があるからな、最悪の展開には絶対にさせない」
「暁さん…」

まるで自分がそういった場面に慣れているような言葉を発したが、実は私自身真剣で人を殺めるのは初めてだったりする。
護衛を務めていた島原では、気絶させる類いの戦い方しかしてこなかったのだ。

だがこんなに不安がる御影を前にすると、強がるしかなかった。

「暁さんは強いですね…。
 さすが『島原のお暁』です」
「はっ!?」

御影から不釣り合いな言葉を言われ、思わず素っ頓狂な声をあげる。

「あんたがなんでその話を?」
「仁さんから聞きました。
 遊郭に務めていたときの暁さんの渡り名だって」
「その言い方だと語弊があると思うんだが…」

私は起きてきたら仁を一発殴ろうと決め、先ずは御影の誤解を解く事にした。
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