□それはある日の交番にて。番外編
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行きつけのラーメン屋にて。

いつものように暖簾をくぐり、自動ではないドアを横に引く。
ガラリと音がして、いつもの様に店主であるエースが笑顔でオレを向かえる。

「よう、いらっしゃい。腹は?」
「減ってるに決まってるだろ」
「はいよー」

この町に勤務してから毎日の様に通っているだけあって、何も言わなくてもラーメンと半チャーハンのセットが出てくる。
もちろん餃子はサービス。
ちなみに、エースの弟のルフィという高校生がいると、さらにチャーチューだったり煮玉子もつく。(どういうわけかオレはエースの弟に気に入られているそうだ)
残念ながら今日は不在らしいが。

「お前の弟は?」
「あ? サービスに不満ってか。毎回毎回チャーチューに玉子サービスじゃ赤字になるっつーの」
「違う。最近見ないから元気かと思ってな」
「あー…そういや最近部活が忙しいみたいでな。なんでも、仲間がみつかったー!とか喜んでたぜ」
「ま、元気ならいい」

オレがそういうとエースもそうだよなと頷く。
狭い店内を見渡すと今日はまだ客がいないようだった。
常に3、4人は客がいるだけに、珍しいこともあるものだと思っていると、ガラリと扉の開く音がする。

「いらっしゃい。っと、久しぶりじゃないですか」
「近くに来たのでな」
「あんたは…」

そこにはこの町の道場で剣道を教えているミホークがいた。
通称、鷹の目のミホーク。何を隠そう、この世界で一番強い剣士だ。
この男、剣の合間の暇つぶしにと物語を書いた所それが大ヒット。
剣豪であり、文豪でもあるというすごい人物なのだ。
それが何故かこんな静かで何も無い町に道場を構えている。
噂を聞きつけ、弟子入りするものも多いが、その多くが修行についていけず、リタイアする。
その際、何を血迷ったか、警察に連絡するものもいて、何度か顔を合わせたことが会った。
向こうも覚えていたのかオレをみると小さく口角を上げた。
礼儀として頭を下げるも、ミホークはすぐにオレの隣の隣の席へと腰をかける。

「ルフィから聞いたんですが、ロロノアってのがあんたのところに行ってたりします?」
「面白い男だぞ」
「やっぱり。世界一の剣士を目指してるって話聞いて、そうかなーって」
「まだ未熟だが、いずれは…」

ミホークはそういうと優しく瞳を細める。
まるで父親のようなそれ。いつもは何を見てもつまらなそうな男なだけに、興味をそそられた。

「そんなに面白い奴なんですか」
「ああ、今度様子を見に来ると良い。それとな、もう一人面白い男がいるのだ。ロロノアに会いに、ゼフのところの子供が来るのだが…」
「あー、それもしかして“サンジ”ってやつ?」
「おお、よく知っているな」
「そいつもルフィの仲間だって言ってたもんで。女の子が大好きなんだよな、確か。“サンジ”の他には、“ナミ”“ウソップ”“チョッパー”“ロビン”とか」
「ほう」

ミホークとエースの会話に、『あの能天気な子供がそんなに友達作って、頑張ってるのか…』とらしくも無く感慨深く思っていると、ミホークがくすりと笑う。
なんだと目線を向ければ、彼はゆっくりと口を開いた。

「いつもはポーカーフェイスなロロノアが、あのゼフの子供が来るたびに子供の様に慌てるのが面白くてな」
「へぇ。ルフィの話だけ聞いてると想像できないけど」
「なんでも“付き合っている”のだとか」
「は?」
「へ?」
「ロロノアの稽古の終わり時間を見計らってやってくるのでな、何故だと聞いたら『付き合ってるんだ』とな」
「お、男同士だろ?」

思わず口からこぼれた言葉に、ミホークは頷く。
そのことに衝撃を受ける。
けれど、そういうことは当人同士の問題であって、わざわざ干渉することでもないと自分に言い聞かせた。
だが…未来有る若者が、それでいいのかと疑問が浮かぶ。
うーん、と考えているとホカホカと美味しそうな湯気を出すラーメンが目の前に置かれた。

「あいよ、ラーメンおまち! チャーハンはすぐ作るから待っててな」
「…おう」
「まー、お前が彼氏作ったわけじゃなし。好きだって言うんならいいじゃねぇか」
「だが…」

今日は特別に煮玉子つけてやるから、元気出せ。とエースが一つ煮玉子をラーメンの中に入れてくれる。
少し申し訳なく思っていると、そう言えばとミホークが口を開いた。

「主の下にドフラミンゴとクロコダイルが行ったそうだな」
「!!」

突然出た名前に、啜っていたラーメンを噴出した。
気管に入ったらしく、咳が止まらない。
動揺と息苦しさとで、生理的な涙が出始めた時、ミホークは淡々と話を進めた。

「奴等とは学校が同じでな。そのよしみでたまに連絡をとるのだが、その時に聞いたのだ」
「へー、あの世界的に有名なバロックワークス社社長に、ドレスローザブランドのデザイナー兼社長だろ? その学校有名人ばっかりだなァ」

関心しきるエースはテキパキとミホークにラーメン、そしてオレに半チャーハンと餃子を出す。
仕事熱心なところは本当に好ましい。口が過ぎる所さえなければ、だが。

「ドレスローザブランドのデザイナー兼社長…」

ドフラミンゴの肩書きは初めて聞いた。
名刺は貰ったがすぐにクロコダイルに回収されたせいで名前以外何も見ていない。
あいつも社長だったのか…?
フラフラ出歩いて、遊んでいるイメージがあるのだが…。
咳も落ち着いてきたところで、エースに問う。

「ドフラミンゴって…そんなに有名なのか?」
「はぁ!? 聞いたことぐらいあるだろ? 今、大流行のブランドだぞ」
「…しらん」
「っかー。だから、アンタは…。どうせ普段ジーンズによれたシャツでも着てるんだろ」
「大きなお世話だ!」
「ドレークさんは好きだったはずだぞ? 何回か、普段着で見たことあるし」
「ドレークが?」
「カジュアルからV系まで、幅広くだしてるからな。あの服のデザインをほぼ一人でやってるってんだからすごいよ、本当に」

オレはラーメン作るだけで手一杯だからなー。エースはそういうと明るく笑う。
けれどオレはショックで頭がいっぱいだった。
エースでも知るような人物だったなんて、まるで知らなかった。
だからこの前、和服がどうとか言っていたのか。
状況を把握してきたオレに追い討ちをかけるように、今まで黙っていたミホークが口を開く。

「クロコダイル、ドフラミンゴは今や小学生でも知っているぞ。 現職の警察官がその様に疎くで平気なのか?」

思わず固まる。
しかし痛いところを突かれ、反論も出来ない。
ニュースは見るが、それ以外にテレビは見ない。
バラエティやくだらないことばかりで、好きになれないからだ。
その代わり新聞に目は通すものの、自分に必要ないだろう記事は飛ばして読んでいる。
そんな生活で今まで困ることがなかったのだ。

「今まで…何も問題はなかった」
「けどよぉ。流石にそれは知っとかないと不味いと思うぜ? ってか、その二人にあったのか?」
「この前、交番に来たんだ。二人とも」
「へー、どうだった?」
「どうって…でかかった」

オレの率直な感想にエースは首をかしげ、ミホークは笑う。

「ふーん、オレも会ってみたいけどなぁ」
「ドフラミンゴは別として、クロコダイルは難しいだろうな。あやつは基本的にそう易々と動かない」
「…そうなのか?」

ミホークの言葉に思わず首を傾げる。
もう二日連続であっているし、食事に行く約束もしたのだが…。

「…そう、とは?」
「いや、昨日、一昨日とクロコダイルに会ってるし…食事に行く約束もしたんだが」
「主とクロコダイルが、か?」
「ああ…結構、普通に表に出るんじゃないのか」
「…面白い。あのクロコダイルが…」

ミホークはすっと口角を上げると、ラーメンの残りを食べ、カウンターに代金を置く。
そして、オレの肩に手を乗せると実に楽しそうに言い放った。

「クロコダイルとドフラミンゴ、面倒な二人だが根は悪い奴じゃない。好きな方を選ぶが良い」

進展したらまた会いたいものだな。
ミホークはそういうと、去っていく。
残されたオレとエースはただその後姿を眺めることしか出来なかった。

「好きな方を選べって…どういうことなんだろ」
「オレが知るか」
「仮にお前が可愛い女の子だったら、二人とも金持ちだしどっち選んでも玉の輿だな。結婚してめでたしめでたしなのに…現実は厳しいねぇ」
「何気持ち悪いこといってんだ」
「いやいや、案外気があるのかもしれねぇじゃん。ミホークさんの意味深な言葉も実は…」
「どうせ警察を味方につけたいだけだろ」

エースはやれやれと首を振り、ミホークの食べ終わった器を洗う。
すると客が一人やってくる。それにつられる様に一人、又一人と店内に人が集まりだした。
ゆっくりと会話をする雰囲気でもなかったので、オレはさっさと食事を終え、席を立つ。

「ごちそうさん。美味かった」
「おう! また、来いよ」

代金である850円を支払い、店を出ると、何故か先ほど帰ったはずのミホークがそこにいた。
どうしたのだろうと思わず見つめてしまう。
すると、ミホークは淡々と「杏仁豆腐を食べ忘れたのだ」と零す。
中に入れば良いのにと思って店を振り返れば、エースが忙しそうに厨房を行ったりきたりしている。

「混んで来ましたからね」
「…おれの席が空くまで、待つしかないだろうな」
「おれの席?」
「ああ。先ほどまでおれが座っていた場所はおれの特等席だ」

そんなものがあるなんて初めて聞いた。
譲れないこだわりなのだろう。
だが、あの有名な鷹の目のミホークが杏仁豆腐のために並んで待っているこの光景はかなり面白い。
思わず笑い声がこぼれた。

「意外と、普通なんですね」
「何がだ?」
「あんたなら、おれの席だから退けと言ってもいいぐらいの人なのに」
「そんなことして食べても美味くないからな」
「それか持ってこさせるとか」
「あの空間で食べるから美味いのだろう」

世界一の剣豪、そして文豪だというすごい人物=普通じゃないという固定概念からか、ミホークのことを勘違いしていたらしい。
きっとこの人は家庭の温かさも、人の温もりも分かっている、暖かい人間だ。

「オレもそう思います。エースは良い奴ですしね」
「確かに」
「折角だ、オレも杏仁豆腐食べて行こうかな」
「好きにすれば良い」

ミホークはそっと目を瞑り、口角を上げた。




☆☆☆




「あれ、お二人さん、どうしたの?」
「杏仁豆腐が食べたくてな」
「オレも。だが、すぐで頼む。昼休憩の時間ギリギリだ」
「あいよー!」

ミホークと一緒に待ったかいあってか、やはり杏仁豆腐は美味かった。

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